丸善キャンパスショップ池袋店で書店員だった女性によるブログ記事「ひとつの本屋で起きたこと」を読みました。

 

知的で文化の匂いのする本に関わる仕事をしていると、自分が高尚な文化と一体化したような気分を味わえることから、書店で働きたいという人はたくさんいます。

 

そのような本が好きで本に関わる仕事をしたいという気持ちを逆手にとられてブラックな環境で働かされるアルバイト女性の苦悩が切々と綴られています。

 

好きなことを出来るのなら賃金は低くても良いと思えますが、それにも限度があります。

 

従業員の「本が好き」という気持ちを利用しすぎると、この丸善キャンパスショップ池袋店のように、ネットで散々叩かれる結果になってしまうのでしょう。

 

この告発記事により会社に与えたダメージ(企業イメージの低下)は相当のものだったと思われます。

 

誰でもTwitter等で簡単に内部情報を暴露出来てしまう時代になったのだから、企業側は時代に即してそれなりの対策をたてておかないと、同じようなことは、またどこかで起きそうですね。

 

まあ、こんなことがあっても簡単にはブラック企業は無くなりそうもありませんが・・・。

 

 

さて、書店員であった「でんすけのかいぬし」さんにより、たくさんのフリーペーパーが創作されたわけですが、この点について著作権法的にご説明したいと思います。

 

ここでは、主に「職務著作」(リンク先は私の知的財産の法サイト)について説明いたします。

 

まず、職務著作とは何かを語る前に、通常の著作物についての基礎をおさらいしておきましょう。

 

著作物を創作した人、すなわち著作者が創作をすると、その著作物の著作権と著作者人格権は創作と同時に著作者のものとなります(著作権法17条1項)。

 

これには何らの手続きも必要ありません(無方式主義)。

 

一方、「職務著作」とはこの原則の例外です。

 

すなわち、法人その他使用者(法人等)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約・勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等となります(著作権法15条1項)。

 

ずいぶん法人に有利に見えますね。

 

同じく仕事中に創作された知的財産の権利の帰属に関しては特許法35条に職務発明という規定があります。

 

複雑な規定ですが、職務著作について考えるためには避けては通れないところです。

 

発明なんて興味ない!という方もしばしお付き合いください。

(かなり難しいところです。出来得る限り簡単に説明していますが、人によっては勘違いしてしまう可能性もあります。その場合は責任をとれませんので、ご了承ください。

特に、企業の方。不安な場合はご相談ください。知的財産権侵害等をすると企業イメージは地に落ちますので予防することが一番です。)

 

「従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ、使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、又は使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。(特許法35条2項」

 

この規定によると、従業員が職務発明をした場合には、使用者等に特許を受ける権利や特許権を承継させるという契約はOKということになります(特許法35条2項反対解釈

 

法人に有利な規定ですね。

 

この規定、平成27年度に改訂されたばかりの規定です。

 

以前はこんなに法人に有利ではありませんでした。

 

私は平成16年法制度下において弁理士試験の勉強をしており、頭の中は旧35条でガチガチになっていた(完全に暗記していた)ので、弁理士試験合格後10年程経ってから正反対ともいえるほどの改正規定を勉強することになり、かなり苦労した記憶があります。

 

現在の職務発明規定は昔の職務発明規定とは異なり、法人にかなり有利なのですが、それでも職務著作の著作者よりは余程保護されています。

 

なぜなら、特許法35条4項においては、「従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第三十四条の二第二項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の金銭その他の経済上の利益(次項及び第七項において「相当の利益」という。)を受ける権利を有する。」とされているからです。

 

職務著作をしても、何らの経済上の利益も保障されていませんよね。

 

このように差がある理由としては、職務発明は従業員なら誰でもいつでも創作でき(プレゼンの資料の作成など日常茶飯事でしょう)、毎日無数の職務著作が生まれているのに対し、発明というものは一定の技術分野について高度な知識を有している者達が力を合わせてやっとできるものであり、また、特許庁に出願手続きをとらなければ取得できないという権利の性質からきているものと思われます。

 

つまり、職務著作は毎日山のように生まれているのに、それに対していちいち権利が著作者にあるか会社にあるかと揉めているようでは通常の業務に支障をきたします。

 

ですから、はじめから職務発明は会社のものだとすることにより、無駄な争いは無くなるというわけです。

 

ただ、終身雇用が当たり前だった時代とは異なり、現代では転職する方が当たり前になってきているようですから、職務著作関連のトラブルというものは頻発しています。

 

私もよく(元)従業員の方から相談を受けました。

悪質なものについては、弁護士を紹介し、弁護士名で警告書を送るようにしてもらいました。(一人ひとりにゼロから著作権法を説明するのは骨が折れることから現在では個別質問を受け付けておりません。質問がある場合にはコメント欄でどうぞ。同じ疑問を持つ他の方々の助けになります。)

 

職務著作についてはもう少し法人側と従業員側とのバランスを取ったほうが良いような気もします。

 

 

私の個人的意見はさておき、この条文(著作権法15条)の要件について詳しく見ていきましょう。

 

まず、その①。著作物の作成が法人等の発意に基づくこと

 

「発意」とは、法人等の直接・間接的な判断により、当該著作物を創作することについての意思決定がされることと解されています。

 

法人等が著作物の作成や具体的な内容を指示する必要はありません。その著作物を作成することが想定される業務を従業員等に命じることでも足りると解されています。

 

また、法人等がその著作物の存在を認識しているか否かも問われません。

 

ということは、①の要件については、職務著作の要件を満たしていると言っても良いでしょう。

 

 

次に二つ目の要件です。

 

② 法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物であること

 

「法人等の業務に従事する者」であるかどうかは、法人等の指揮監督下において労務を提供するという実態があり、法人等が支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかを、業務態様・指揮監督の有無・対価の額・支払方法等の具体的事情を総合的に考慮して判断されます。

(職務には,具体的に命令された内容だけでなく、職務として期待されるものも含まれます。)

 

②についても要件は満たしていますね。

でんすけのかいぬしさんは書店員であり、ポップやフリーペーパーを書くことは想定される業務でしょうから。

 

 

さて、要件の3つ目です。

 

③ 当該著作物が法人等の著作名義の下に公表されること

 

これについてはどうでしょう。

 

フリーペーパーの発行は、でんすけのかいぬしさんが勝手にやったことであり、奥付に発行者氏名は載せていなかったようです。

記事によると、丸善キャンパス池袋店やセントポールプラザという名称は依頼があったときのみ記載したようですが、書き方によっては、3の要件に該当すると取られる可能性もあるでしょう。

 

個人の発刊物として認識されるためには、

著者:でんすけのかいぬし
と記載し、ご本人の金銭的負担により発行されていればよかったのですが・・・。

 

しかし、もしそうであったならば、「個人の売名行為」として各書店でフリーペーパーを置いてもらえなかった可能性も高いわけですし、やはりこのフリーペーパーの人気が出た理由の一つとして、丸善キャンパスという信頼ある(現在ではその信頼性は落ちてしまったにせよ、法人というものの信頼性は高いので)企業のバックグラウンドがあったからということは外せないと思います。

 

同人誌を販売したことのある人には馴染みのあることだと思いますが、自身が作った同人誌を委託販売と言うかたちで同人書店で販売することができます。

 

売上の上がる本なら良いのですが、売上が上がらないと委託販売を断られてしまうようです。

 

書店側も商売ですので、売れない本のために限られたスペースを使いたくないわけですから。

 

これをフリーペーパーの話に戻しますと、無料でもいいから自分の描いたものを沢山の人に見てほしい!という人はいます。

 

でもいくらそう考えたところで、本屋さんにおいてもらうことは出来ません。

 

中高生でもプロ並みの絵を描く子たちがいますが、いくら上手くても信頼性がないため置いてもらえないのです。

 

しかし、従業員である書店員になれば、おいてもらうことが可能です。

 

そして、それをきっかけにイラストが認知されて仕事が舞い込むということもあるでしょう。

 

実際、でんすけのかいぬしさんの場合は有斐閣等他社からコラボの話が持ち込まれたようです。

 

そう考えると、やはり会社の力というものは強いものであり、会社に職務著作を認めるという考え方は混乱を避けるためにも良いものなのかもしれません。

 

(過去の裁判例などを見ると、あまりにも会社側に有利で憤りを感じてしまうものもありますが・・・)

 

さて、要件の4つ目です。

 

④ 作成時における契約、勤務規則その他に別段の定めがないこと

 

これについては、特に契約も交わしていなかったようなので要件を満たします。

 

 

気持ち的には従業員を勝たせたいと思ってしまいますが、裁判で勝てるかどうか微妙なケースです。

 

もし職務著作に該当した場合、このフリーペーパー等の著作者人格権と著作権は原始的に法人等に帰属することになります(著作権法17条1項、15条)。

 

職務著作に該当しなかった場合は、著作権も著作者人格権もでんすけのかいぬしさんのものです。

 

したがって、会社のホームページに掲載されている「にゃわら版」の掲載を止めさせることができます。

 

ただ、セントポールプラザのHPでは、既に「にゃわら版」の掲載は終了しているようですので、著作権に基づく差止請求をしても請求の利益はありません。

 

これに関しては迅速で適切な判断ですね。

 

著作権が侵害された場合は損害賠償請求もできますが、時間がかかり精神的に疲弊してしまいますので、そんなことに時間を割くよりはでんすけのかいぬしさんにはクリエイティブな才能を発揮して欲しいと思います。

 

これだけ可愛らしくて素敵なイラストを描ける人なのですから、どんどんイラストを描いていって多くの人を癒やしてほしいです。

 

書店で働かれていたときには大変な思いをされたわけですが、今回の事件はイラストレイターとしての仕事にも繋がったと前向きに考えて、過去の嫌なことなんて忘れて新しい場所での仕事を楽しんでほしいと思う次第です。

 

職務著作については、著作権の中でも争いの多いところです。

会社で働いているみなさん、ご自身の権利を守るためにも、ぜひ著作権の基礎的なところだけでも良いので学んでください。