知財の知識・改「弁理士編」で過去に配布していたレジュメです。
事例問題はいきなり答えを見ずに必ず一度自分の力で解いてください。そうしないと実力が付きません。
なお、知財の知識・改では他にも多くのレジュメが公開されています。
【問題】
日本に在住する英国人の発明家コウナン・ドイル氏(以下、甲と呼ぶ)は、独自に創作した発明イを特許請求の範囲に記載し、日本国特許庁を受理官庁として、平成27年6月4日に日本国を指定国に含む国際出願Pを英語で行った(以下「外国語特許出願P」という。)ところ、審査官乙とのやり取りを経て、外国語特許出願Pは平成29年3月4日に特許権の設定登録がされた。
一方、日本人の発明家である服部丙次(以下、丙と呼ぶ)は独自に創作した発明ロ(発明イと同一の発明)について弁理士に依頼することなく平成27年5月21日に特許出願Qをし、平成27年7月3日に特許出願Qに基づく国内優先権を適式に主張して発明ロ及び発明ハについて特許出願Uをした。さらに丙は平成27年7月22日に特許出願Uを適式に分割して発明ロについての新たな特許出願Dをした。
その後丙は平成28年1月20日に特許出願Dについて出願公開の請求をし、平成28年3月3日に特許出願Uを取り下げた。
この事例を前提として、以下の設問に答えよ。
(1)外国語特許出願Pの審査において審査官乙が、補正書の日本語による翻訳文の内容が当該外国語特許出願Pに係る国際出願日における明細書、請求の範囲または図面に記載した事項の範囲を超えていると判断した場合、どのような取り扱いとなるか説明せよ。
また、出願人甲の対応についても説明せよ。
(2)発明イに係る甲の特許は、丙の特許出願Q、U、Dとの関係においてどのような無効理由を有するか述べよ。
なお、丙は分割出願Uをする際に国内優先権の主張の手続きはしなかった。
おまけ問題(答える必要はありません)
(3)丙がなぜこのようなこと(国内優先権の主張を伴った出願をし、分割をし、その後特許出願Uを取り下げた)をしたのか推理し、丙が発明ロについて特許を取得するために最も効果的な方法を述べよ。
答えはスクロールして下の方です。
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【解答例】
設問(1)について
1.補正の取り扱い
審査官乙が、補正書の日本語による翻訳文の内容が当該外国語特許出願Pに係る国際出願日における明細書、請求の範囲または図面に記載した事項の範囲を超えていると判断した場合には、甲に対して、その旨の拒絶理由(184条の18、49条6号)を通知する(50条)。
2.出願人甲の対応
当該拒絶理由通知を受けた甲は、手続き補正書を提出して、国際出願日における明細書等に記載した事項を超えている部分を削除する補正をすることができる(17条の2第1項1号)。これにより、当該拒絶理由(49条6号)を解消することができる。
設問(2)について
1.丙の特許出願Qとの関係について
甲の特許出願Pに係る発明イは丙の特許出願Qに係る発明ロと同一であるため、甲の特許出願Pは、丙の特許出願Qの後願となる(39条1項)。
ここで、丙は出願Qに基づく国内優先権を主張して特許出願Uをしているため、原則として先の出願Qはその出願の日から1年4月を経過したときにみなし取り下げとなる(42条1項本文)。
しかし、丙は先の出願Qがされた成27年5月21日から1年4月を経過する前の平成28年3月3日に特許出願Uを取り下げているため、同時に後の出願Uにおける国内優先権の主張もみなし取り下げとなる(42条3項)。
したがって、この場合は、先の出願Qはみなし取り下げの対象とはならず(42条1項但書)、出願Qはその出願の日から1年6月後に出願公開(64条1項)がされることになる。
出願P及び出願Qの出願人及び発明者はそれぞれ甲と丙であって同一ではない(29条の2かっこ書き、第2文)。すると、出願Qは甲の特許出願に対して拡大された範囲の先願の地位を有する(29条の2)。
よって、甲の発明イに係る特許は、丙の出願Qとの関係では特許法29条の2の規定に違反してされたこととなり、特許無効理由を有する(123条2号)。
2.丙の特許出願Uとの関係について
丙の特許出願Uは、平成28年3月3日に取り下げられているため、先願の地位を有さず(39条5項本文)、その後に出願Uの内容が公開されることもないため、特許法29条の2の拡大先願の地位も有さない。したがって、甲の発明イに係る特許は、丙の出願Uとの関係では特許無効理由を有しない(123条各号)。
3.丙の特許出願Dとの関係について
①丙の特許出願Dは、平成28年1月20日に出願公開の請求(64条の2)がされている。しかし、出願Dは分割出願であるため、29条の2の「他の特許出願」に該当する場合には出願日は遡及しない(44条2項但書)。
そうすると、29条の2の規定の適用においては、甲の出願Pが丙の出願Dに対して先願となる。よって、甲の発明イに係る特許は、丙の出願Dとの関係では29条の2の規定に違反して特許されたという無効理由は有しない(123条各号)。
②39条1項の適用においては、丙の出願Dは分割の要件を満たしているため出願日が遡及するのが原則である(44条2項本文)。
しかし、丙の出願Uは平成28年3月3日に取り下げられているため、優先権の主張も取り下げられたものとみなされる(42条3項)。
すると、丙の出願Dは甲の出願Pの後願となり、39条1項の先願となることはない。
よって、甲の発明イに係る特許は、丙の出願Dとの関係では特許法39条1項の規定に違反して特許されたという特許無効理由は有しない(123条)。
おまけの設問(3)について
1.丙の動機の推理
丙は国内優先権の主張を伴った特許出願Uをした時点では発明ロと発明ハには単一性(37条)があると考えていたところ、実際には両発明間には単一性はなく、37条違反の拒絶理由を回避するために分割出願Dをしたものと推理する。または、発明ハには何らかの拒絶理由(29条1項等)があることを発見したため、発明ロについてだけは特許を受けられるように分割出願したものと推理される。そして、発明ハが特許される可能性はないと考えたことから特許出願Uを取り下げたものと推理される。
2.丙が発明ロについて特許をとる最も効果的な方法
丙は最初の出願Qについて出願審査請求(48条の3)をし、権利化すべきである。
まだQの出願日から3年以内であり審査請求は可能なので、請求書を特許庁長官に提出する(48条の4)。
また、分割出願Dについては取り下げるべきである。丙は同一の発明ロについて異なる日に出願しているが、たとえ同一出願人でも最先の出願以外は特許を受けることができないからである(39条1項、49条2号)。 以上
【解説&福田ちはるからのメッセージ】
設問(1)は条文レベルの問題です。できなかった人は「条約論文答案練習」の受講をして徹底的に勉強することをお勧めします。
設問(2)は短答っぽい問題です。短答合格者でもちょっと頭をひねってしまったかもしれませんね。
実務的にこんなバカなことをする人がいるわけないのですが、頭の体操として出題してみました。
なお、基礎的な知識として、通常は「分割出願においては元の出願における国内優先権の主張を引き継ぐことができます」(44条4項)。
この問題は原則だけでなく、例外レベルにまで踏み込んでいるので難しいですね。
設問(3)はおまけです。こんな問題はでません。しかし、
「推理」することにより、「ただ問題を解いているだけの受験生」から「出題者の意図やクライアントの気持ちを読み取れる」弁理士の卵へ昇格できるかもしれませんよ!?