商標権を侵害された場合、商標権者は、侵害した者に対し、その侵害の行為を止めろと言ったり(商標法36条)、損害を賠償しろということができます。
これは、特許権や意匠権、著作権の侵害についても同じですね。
しかし、商標権は、その特殊性から、これらの請求のうち、一部が認められない場合があります。
たとえば、有名商標を有している企業が商標権を取り忘れている場合において、無名商標権者が同一または類似の商標権に基いて有名商標を有している企業に損害賠償請求をする場合です。
ここまで聞いて、知的財産権法学習者ならピンときたはずです。
あの判例です。
そう、小僧寿し事件ですね。
小僧寿しチェーンは、志賀直哉の小説『小僧の神様』で小僧がお寿司をたくさん頬張るシーンから、この名前を思いついたという話を聞いたことがあります。
同じように志賀直哉の作品からインスピレーションを受けたと思われる地方の小さなお寿司屋さんは「小僧」について商標権を取得しました。
そして、小僧寿しチェーンに対し、損害賠償請求をしました。
(原告は被告に商標法38条3項の「使用料相当額の金銭」を自己が受けた損害の額としてその賠償を請求しました。 )
結果はどうなったでしょうか?
当然、こんな請求認めるべきではありませんよね。
原告は小さなお寿司屋さん。一方、被告は全国的なお寿司チェーン。
原告に「損害」など発生しているわけがありません。
そのため、裁判所はこんな請求認めない!と結論付けました。
特許権とは大いに違うところです。
特許法の保護対象である「発明」は創作物であるため、その発明自体に価値があります。
実施などしなくても価値があるのです。
何もしなくていい。君はただそこにいてくれるだけでいい。というわけです。
もし関係ない人がその特許発明を勝手に実施した場合には、本来は受けられるはずであった「ライセンス収入」すら入ってこなくなるので特許法102条3項では、その分を保障してくれています。
しかし、商標法はどうでしょう。
商標権は発明とは異なり、それ自体に財産的価値があるわけではありません。単なる選択物に過ぎません。
商標の財産的価値とは、使用することにより業務上の信用が商標に付く(化体する)ことにより上がります。
そのためには商標権として登録を受けている必要もありません(商標登録を受けておいたほうがいいということは言うまでもありません)。
もし、(細々としか)使用されていないのなら業務上の信用が商標に化体しないので財産的価値も生じない。
⇒その商標権には顧客吸引力がない。
ということは、商標権者以外が使っても「損害が発生しない」ということになります。
ここで、商標法審査基準を改訂させてしまったくらい有名な元弁理士の上田育弘氏のベストライセンス株式会社について触れてみたいと思います。(ベストライセンス株式会社は海外で商標権を取得しているようです。同社の最近の動向については、このブログにご本人がコメントして近況報告をしているのでごらんください)
ベストライセンス株式会社では、商標を先取り的に出願し、その商標を欲しい人にライセンスや販売して稼ぐというビジネスモデルを取っています。
ベストライセンス社は、損害賠償請求はしません。
この小僧寿し事件を考慮してのことでしょう。どうせ損害賠償請求しても認められないと考えているものと思われます。
しかし、ライセンスや商標権譲渡については行えるのでビジネスにしようと考えたのでしょう。賢いというべきか、さすが元弁理士というべきか、ズルいというべきか・・・。
もちろん、こんなことは商標法の法目的に反するので好ましいことではないことは言うまでもありません。
(なお、使っていない商標は不使用取消審判において消滅させることができます)
さて、小僧寿し事件の話に戻りますが、同判例では、「商標権者に損害が生じていないことが明らかな場合には、使用料相当額も請求することができない」とされた他、「フランチャイズチェーンの名称は、商標法26条1項1号にいう自己の名称に該当する」「小僧寿しが著名なフランチャイズチェーンの略称として需要者の間で広く認識されている状況の下では、登録商標「小僧」と標章「小僧寿し」「KOZO ZUSHI」は類似しない」とも判示されました。
つまり、いくら商標権者といえども、その商標が有名でない場合には、商標権者は同一・類似の商標を使ってその商標を有名にした人に対し、お金をよこせ!ということなんてできない、ということです。
至極真っ当な結論と言えるでしょう。
しかし、ここで問題が生じます。
もし、商標登録を受けずに使用している人の商標がそれほど有名でなかったらどうなるでしょうか。
小僧寿し事件においては、小僧寿しという未登録周知商標が存在しました。
しかし、小僧寿しほど有名でない商標を使っている人は、ある日突然商標権者から訴えられる危険性があります。
商標権者である「ひかり司法書士法人」が「司法書士法人ひかり法律事務所」を訴えたという事件があります。
この事件では、商号を先に使い始めたのは被告の方らしいのですが、被告は裁判に負けて、かなりの額の損害賠償金を払ったようです。
法人の名前なんて似たような名前が多いし、ちょっとかわいそうな気もします。
このように、たとえ先に商標を使っていても「かなり有名でないと商標権者に負ける」という悲しい事態になり得ます。
ここら辺はもうちょっとどうにかしてほしいところですね・・・。
さて、ここまで見てきたように、商標においては「商標権は財産権。有名にした方が正義」と言えます。
では、次の事例はどうでしょうか。
たまたまネットを見ていたら、「短パン社長」という商標が今年(2018年)の1月25日に出願され、10月19日に登録されているのを発見しました。
出願人は有限会社スタジオビー。調べてみたら埼玉県の短パン社長の下山和人さんという方が社長をしていらっしゃるようです。
この商標権は現在異議申し立てを受けています。
異議申立人は、おそらく奥ノ谷圭祐さんではないかなと思います。
奥ノ谷さんという方は、「短パン社長」でグーグル検索&SNS検索したら最初に出てきた方です。
つまり、商標権者は、埼玉の短パン社長(最初に使い始めたらしい?)であるところ、短パン社長として有名なのは奥ノ谷さんの方という事例です。
ブログを見てみたら、埼玉の短パン社長さんはかなりお怒りのようです。「短パン社長」を名乗っている人はたくさんいるらしくて、自分以外の短パン社長を訴える準備ができているようです。
奥ノ谷さん以外の短パン社長に関しては訴訟で勝つことができると思います。
しかし、奥ノ谷さんに関してはかなり有名になっていますので、元祖短パン社長でも勝てないのではないかと思います。
さて、この事件、どうなるものでしょう。