最近は、ブログで商標法の法目的(商標法第1条)について触れることが多かったので、「商標権が守るものは何か」について考えるのに良い題材として平成29年最高裁判決「エマックス事件」について触れたいと思います。

私個人的には好きな判決なのですが事案が複雑で簡単に伝えにくい事例です。

しかし、ためになる判決なので、簡略化してお伝えします。

 

知財学習者で商標法を一通り学習し終えた方はぜひ御覧ください(ちなみに、毎度のことながら、特許法を学習しながら合間に商標法を学ぶことは避けてください。混乱します)。

 

まず、この最高裁判決で最も重要なところを述べます。

『商標法第4条第1項第10号を理由とする無効審判請求がないまま商標の設定登録日から5年を経過した後(除斥期間経過後)、商標権侵害訴訟の相手方は、同号該当をもって同法39条で準用する特許法第104条の3第1項の抗弁(特許無効の抗弁。ここでは読み替えて商標登録無効の抗弁)を主張することは、原則として許されない。

しかし、商標法第4条第1項第10号を理由とする無効審判請求がないまま商標設定登録日から5年を経過した後でも、商標権侵害訴訟の相手方は、自己の商品等表示として周知の商標との関係での同号該当を理由として権利濫用の抗弁を主張することが許される。』

太字がキーワードです。

無効の抗弁について記憶があやふやな人は、復習をしておいてください。

 

この結論部分だけを読んでもわかりにくいと思うので、何が問題とされているのかについて書きます。

 

そもそも、商標登録無効審判については、除斥期間が設けられています(商標法47条)。この除斥期間が途過している場合には、「商標登録無効審判により無効にされるべきものと認められること」がありません。

ということは「商標登録無効の抗弁」を主張することができるのかという問題が生じます。

そして、この主張が難しい場合には、権利濫用の抗弁の主張が可能であるか、が問題となります。

 

最初に原則をしっかりと抑えておいてください。

 

さて、この事件、最高裁に至るまでの経緯が複雑です。

 

最高裁で勝訴を勝ち取ったのは被上告人なのですが、被上告人は米国法人と独占的販売代理店契約を締結していました。そして、米国法人の商品である電気瞬間湯沸器を「エマックス(EemaX)」という商標を付して輸入販売していました。

被上告人は上告人と販売店契約を結び、電気瞬間湯沸かし器を販売していたのですが、トラブルが起こったために上告人が被上告人に損害賠償請求をしました。

そして、代理店契約の不存在確認及び上告人が被上告人の使用する商標を使用しないこと等を条件とする和解が成立ました。

しかし、和解が成立したにもかかわらず上告人が和解後も被上告人使用商標を使用し続けたため、被上告人は不正競争防止法による差止請求を提起しました。そして、再度上告人は被上告人使用商標を使用しないという条件で和解が成立しました。

 

・・・ここまで読む前に既にブログをそっと閉じている人が大勢いそうですね。

 

とりあえず、前提条件としてこの事実を頭に入れておいてください。

ここからが本題です。

 

数年に渡って争い続けている間、上告人は「エマックス/EemaX」について商標を出願し、登録を受けていました。

 

これ、あかんですよね。

「あなた、商標を使わせてもらっているだけでしょ。勝手に商標登録受けちゃ駄目よ。」という印象を受けるでしょう。

 

被上告人はこの商標登録に対し4条1項10号を理由とする無効審判を請求し、無効審決がくだされました。(被上告人使用商標の周知性が認められた。&その時点で登録から5年の除斥期間は過ぎていたものの不正競争の目的で受けたものと判断され、4条1項10号に該当すると判断された)

 

しかし、上告人が審決取消訴訟を提起し、被上告人使用商標の周知性は認められないとして審決を取り消す判決が、平成27年にされました。

そして、事件は最高裁へ・・・というわけです。

 

どうですか?わかりましたか?

 

よくわからないね!ボタンがあったら連打されそうですが・・・。

まあ、いいや(よくない)。

 

とりあえず、上告人と被上告人が争い続けているよね、ということがわかればいいです。

 

 

特許無効の抗弁についてはキルビー事件最高裁判決のところで議論になりました。

商標権無効の抗弁については、POPEYEマフラー事件で議論されています。

POPEYEマフラー事件最高裁判決では「仮に、商標登録に商標法46条1項所定の無効理由が存在しない場合であっても、登録商標の取得経過や取得意図、商標権行使の態様等によっては、商標権の行使が客観的に公正な競争秩序を乱すものとして権利の濫用に当たり許されない場合がある」と判示しています。

そのため、仮に、商標登録無効の抗弁が成立しない場合であっても、一般法理としての権利濫用の法理の適用可能性は残ると考えられてきたものの、両判決が呈示する枠組みの関係が理論上は問題となりうる状況にありました。

エマックス事件では、この関係が具体的にされたといえます。

 

私の説明では簡略化しすぎてしまってわかりにくいかもしれませんので、エマックス事件最高裁判決の重要部分を以下に引用します。

 

「商標法47条1項は、商標登録が同法4条1項10号の規定に違反してされたときは、不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除き、商標権の設定登録の日から5年の除斥期間を経過した後はその商標登録についての無効審判を請求することができない旨定めている。

その趣旨は、同号の規定に違反する商標登録は無効とされるべきものであるが、商標登録の無効審判が請求されることなく除斥期間が経過したときは、商標登録がされたことにより生じた既存の継続的な状態を保護するために、商標登録の有効性を争い得ないものとしたことにあると解される。

そして、商標法39条において準用される特許法104条の3第1項の規定によれば、商標権侵害訴訟において商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、商標権者は相手方に対しその権利を行使することができないとされているところ、上記のとおり商標権の設定登録の日から5年を経過した後は商標法47条1項の規定により同法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判を請求することができないのであるからこの無効審判が請求されないまま上記の期間を経過した後に商標権侵害訴訟の相手方が商標登録の無効理由の存在を主張しても、同訴訟において商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認める余地はない。

また、上記の期間経過後であっても商標権侵害訴訟において商標法4条1項10号該当を理由として本件規定に係る抗弁を主張し得ることとすると、商標権者は商標権侵害訴訟を提起しても相手方からそのような抗弁を主張されることによって自らの権利を行使することができなくなり商標登録がされたことによる既存の継続的な状態を保護するものとした同法47条1項の上記趣旨が没却されることとなる。

そうすると、商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって本件規定に係る抗弁を主張することが許されないと解するのが相当である。」

「一方、商標法4条1項10号が商標登録の出願時において他人の業務に係る商品又は役務(以下「商品等」という。)を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標につき商標登録を受けることができないものとしている(同条3項参照)のは、需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品等の出所の混同の防止を図るとともに、当該商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている者の利益と商標登録出願人の利益との調整を図るものであると解される。

そうすると、登録商標が商標法4条1項10号に該当するものであるにもかかわらず同号の規定に違反して商標登録がされた場合に、当該登録商標と同一又は類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている者に対してまでも商標権者が当該登録商標に係る商標権の侵害を主張して商標の使用の差止め等を求めることは、特段の事情がない限り、商標法の法目的の一つである客観的に公正な競争秩序の維持を害するものとして、権利の濫用に当たり許されないものというべきである。

そこで商標権侵害訴訟の相手方は、自己の業務に係る商品等を表示するものとして認識されている商標との関係で登録商標が商標法4条1項10号に該当することを理由として自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することができるものと解されるところ、かかる抗弁については商標権の設定登録の日から5年を経過したために本件規定に係る抗弁を主張し得なくなった後においても主張することができるものとしても同法47条1項の上記趣旨を没却するものとはいえない。」

 

このように、冒頭で述べた通り、商標権無効の抗弁は認められないものの、権利濫用の抗弁は認められています。

しかし、権利濫用は主張立証は必ずしも容易でなく、また、その性質上、予測可能性は必ずしも高くありません。最後の頼みの綱のような存在です。

無効審判請求等別の方法による防御が可能であるならば、それらを優先的に考慮すべきでしょう。