日本経済新聞でこのような記事が載っていました。
”特許庁によると米国、欧州、中国に特許出願したにも関わらず、日本では出願しない割合が高まっている。米国籍、欧州籍の場合、2008年に日本で出願しない比率は4割前後だったが、15年は、それぞれ6割に上昇した。
英国知財専門誌「IAM」が17年、特許購入時に優先する国・地域を事業会社に聞いたところ、日本は6位だった。英米だけでなく、中国、韓国にも出遅れている。費用をかけても訴訟する価値がある国について聞いたところ、企業の43%が米国、36%がドイツを選んだ。日本は0%だった。”
この「ジャパンパッシング(バッシングじゃなくてpassingです。責められるより辛いかもしれない「無視」・・・)」とは、企業が日本で特許権を権利化せずに諸外国だけで権利を取得することを指します。
私は個人的にそのまま「日本抜き出願」と呼んでいたのですが、ジャパン・パッシングの方が響きがかっこいいですね。
それはともかく、以前も記事にしたように、このジャパンパッシング現象、好ましいものではありません。
企業知財部の方々に話を聞いてみてショックだったのが
「特許庁にどれくらいの頻度で行っていますか?関西でも特許庁審査官との面談がしやすくなったのでINPIT関西(2017年に設立)を利用した回数でもいいです」との質問に
「ここ数年は行っていません。日本では権利化しませんから。審査官との面談の必要性も感じません。意見書を書面で出すだけです」との答えが返ってきたときです。
分かっていたことですが、ショックです・・・。
大企業ほど日本抜き出願をしているような気がします(セミナーで出会った人たちに雑談しながら聞いているだけなので正確なデータがあるわけではなく私の主観です。そのうちきちんとしたデータを調べてみようと思います)。
このままでは知財立国どころか知財無視国家となり、知財面においても日本はガラパゴス化していくのではないかと思います。
特許庁にも弁理士にも裁判所にも弁護士にも仕事が行かなくなりますし、結果として日本経済活性化に逆行します。
では、どうしたら日本抜き出願を減らせるのか、検討してみたいと思います。
特許をなんのために取るのか
まず、大前提として特許権は国ごとに成立します。「世界特許」というものは存在しません。
国ごとに取るということは、国ごとにお金がかかるため、特許権が不要な国では特許出願したくないというのが特許を受ける権利を有する者にとって当たり前の気持ちです。
特許権による恩恵を受けたいから特許出願をしようと考えるわけです。
では、どのような国なら特許権を得ようと思うか?
主に以下の3つでしょう。
①その国に市場がある
②相手先起業に工場がある
③特許権の力が強い
①に関しては、経済的成長を遂げていない日本は市場として魅力的ではないと考えられています。それが上記でご紹介した日経新聞に書かれていたように「日本で出願しない比率は6割」「費用をかけても訴訟する価値がある国で日本はゼロ」というデータに現れているでしょう。
なお、適切な少子化対策も行わず日本ではもはや少子化に歯止めをかけるのは絶望的な状況になってしまいました。
諸外国企業から見て日本は市場として魅力的に映らないというのはかなり深刻な状況です。
少なくともこれ以上少子化に拍車をかけることなく、購買意欲の強い人たちがたくさんいる魅力的な市場にしていく必要があります。
②に関しては日本は人件費が高く、外国企業の工場があるということは少なめなので稀でしょう。(最近は中国や東アジアの人件費が高騰していて、そのうち日本が工場になるかもしれませんが)
ということは最後の③を満たさない限り企業は日本で特許を権利化しようとは思わないでしょう。
懲罰的損害賠償制度の導入や差止請求の拘束力強化は必須です。
・・・が、残念ながら2019年度の改正で懲罰的損害賠償請求制度の導入は見送られました・・・。
理由は、日本文化に合わない(訴訟を好まない文化)だからというのが一番大きいようですが、グローバルなこの時代にそんなことも言っていられないと思うのです。諸外国に合わせることが必須だとは思いません。その国独自の文化は尊重すべきです。
しかし、こと知的財産権に関してはそんなことは言っていられません。
知的財産という情報は国を超えて瞬時に拡散するからです。
結果として日本の頭脳が生み出した知的財産は流出し日本では特許権が成立せず日本経済は活性化しない。日本へ特許出願希望企業極小。という状態です。
これはかなり深刻な問題です。
知財業界を見てみると、「特許業界は儲からない」そう感じた特許技術者や弁理士たちは企業知財部へと逃げ出しました。
10年ほど前なら弁理士試験受験者数は1万人を超えていたのですが年々下がり続け、今では4千人程度です。このまま受験者数が減り続けると8年後には受験者数ゼロです。
知財業界だけでなく日本経済全体にとって好ましいことではありません。
この状況を打破するためには上記③に示したように差止請求や損害賠償請求に実行力を持たせることが絶対に必要です。
一応、打開策として改正法ではドイツ法の査察制度に習い、査証制度というものが導入されました。でもこれだけでは足りません。ドイツは仮処分の実行力が高いために特許出願が増えたとのことですので、特許権の力が弱いまま査察制度を導入してもあまり意味はないだろうなと思います。
少子化・高齢化で苦しみ経済成長の見られない日本では、少なくとも知財面では、ドイツや諸外国の制度に習って変革を行うことが求められています。
個々人が自分の利益のことだけを考えていたら変革は難しいでしょう。
たとえば、既に弁理士の人にとっては弁理士が増えることや知財業界の活性化などどうでもいいことですから。弁理士試験受験者数が増えたって受験機関が喜ぶだけで、自分に直接的な利益なんてありません。特許出願件数が減り続けても自分のところへ仕事が来ている限りは「逃げ切る」作戦でいけばいいと思います。
そして、その作戦はその人個人のことだけを見たら「正しい」でしょう。
しかし、近視眼的な視野で物事を見ていては変革など行なえません。
少なくとも、私は自分だけの利益よりも知財業界全体の活性化、ひいては日本経済の活性化のために尽力したいと思います。結局はそれが回り回って自分の利益にもなりますから。(私には子供がいるので20年後子どもたちが大きくなったときに日本が経済的に魅力的な国であってほしいと願っています)
人工知能の研究が進めば特許の仕組みは大幅に変わるでしょう。
リンク先では論文の盗用を判定するシステムが紹介されています。
東大発ベンチャー、論文に画像の盗用がないか自動で判定するシステムを開発 – ライブドアニュース: https://news.livedoor.com/article/detail/11103569/
この技術は特許の審査にも応用できるはずです。登録か拒絶かのall-or-nothing方式の審査ではなく、例えば従来技術からの進歩性の程度を数値化して、その数値に基づいて侵害時の損害額やライセンス料が自動的に算定される仕組みを作ることは理論上可能だと思います。
日本が世界的に新しい特許・知財制度のロールモデルになれるよう先陣を切るより他ないかと。海外発の制度の輸入を検討している時点で周回遅れの状態ですね。
面白いですね!
これに加えてブロックチェーンを利用したら、そもそも明細書がなくても特許権のような権利が付与されるかもしれません。そうしたら、安くわかり易い制度の導入により専門家でなくとも権利化することができるようになると思います。
変革を嫌う日本が先陣を切ることはまず無いでしょうが、実現したら素敵だなと思いました。
ブロックチェーンと利用すれば将来的にはライセンス料の支払い手続も自動化できると思います。そこから逃れて技術が盗用されることがあれば専門家の出番ですので仕事が完全になくなるということはないと思います(数は流石にう〜んと減るでしょうが)。