福岡市の印刷会社「青陽社」の創業者である中本博雄さん(80)が九州大学に5億1600万円の寄付をしたというニュースが話題になっています。

「財産を残すより若い方に渡した方が、お金が生きる」と考えたそうです。

お子さんやお孫さんもいらっしゃるのに素晴らしいですよね。

 

中本博雄さんは経済的理由により、優秀だったにも関わらず大学に進学出来ませんでした。

 

しかし、働きながら独学を続け、1972年頃に静電気を使ったコピー機関連の特許を米国で取っています。

 

いきなり米国へ特許出願してしまうところがすごいですね。

当時はPCT出願制度なんてありませんし・・・。

パリ条約だって、まだ1979年の修正も行われていません。

なぜ米国で特許出願しようと考えたのか気になるところです。

 

まだ日本には早すぎる特許だと判断したのでしょうか。

 

その後、日本でも特許を取得されています。

 

発明の名称は「電子写真用複写装置」。コピー機の基本特許みたいな名前ですね。

1974年12月11日に特許出願され、1981年6月30日に特許登録されています。

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何しろ40年以上前の特許出願書類なので、印字がかすれている部分も多く、見にくいのでちゃんと読んでいません 😐

 

 

中本さんは、87年に福岡市で印刷会社「青陽社」を創業されています。

この特許権も会社の経営に貢献したことでしょう。

中本さんのおかげで、印刷業界全体の技術レベルが上がったことは間違いありません。

 

 

・・・それにしても、この方、人間的な素晴らしさといい頭の良さといい、私的には「人間国宝」レベルです・・・。

 

発明者としても経営者としても、若い人たちを教育してほしいですね。

・・・というか、この方の存在自体が生きる希望になるかもしれません。

 

 

発明は、ちょっとした思いつきがあれば特許を取れるわけではありません。ちょっとした思いつきを血が滲むほどの努力を重ねてようやく特許になるものです。

 

日本では貧困に苦しむ子が増えているといいますが、働きながら勉強を続けてこんな素晴らしい特許を取得し、会社も設立した中本さんのように、たとえ貧しくても、子どもたちには一生懸命に勉強をすることの大切さを忘れないでほしいです。