4日前に真・女神転生3のリメイクが発売されてから夫がずっとプレイしているのですが、その戦闘画面を見て長女が一言。
「ペルソナ5のパクリ?」
と言ったんですね。
メガテンファンとしては聞き捨てならないと思って、
「ちゃうちゃう!メガテンが先。ペルソナが後!っていうかどっちも同じ会社だからパクリじゃない!」
と必死でメガテンを擁護してしまいました。
まあ、娘にとっては最初に触れたのはペルソナ5が先だったので良く似たメガテン3がペルソナ5の真似と思ってしまうのも無理はありません。
考えてみれば、こういう逆転現象ってよくありますよね。
たとえば、『鬼滅の刃』好きな小学生からしてみたら鬼の出てくる昔の漫画なんて全部「鬼滅の刃のパクリ」に見えてしまうでしょう。
旧約聖書の大天使ミカエルを見て、「あ、メガテンのパクリ」というのもとんでもないことです。
子供が親に似ているのに「パパは子供ちゃんにそっくりだねー」というのと同じです。
パパが先!子供は後!!
でも、先に生まれたからといって親の方が偉いというわけではありません。
「元祖○○」というように自分のところが一番最初に初めたんだぞ!とアピールするお店やサービスはたくさんありますが、必ずしも元祖が偉いわけではありませんよね。どちらかというと二番手のほうが質が良いということはよくあります。
行動を起こすことは大事ですが、それにプラスして、「品質を常に高める企業努力をする」ということは事業を継続し愛されるブランドとなるには重要なことなのでしょう。
老舗ブランドは百年前からずっと同じというわけではなく、変わらないコアの部分を保ちつつも変わっていくことを求められています。
いわゆるマイナーアップデートを何度も何度も繰り返して何百年も行き続けるのですね。
それくらい努力して初めて「元祖」の称号も輝き出すと思います。
私よりも余程優れた長女を見ながらしみじみと思うのでした・・・(長女は小さい頃からいつも優しい天使なんです。外でも内でも態度が変わらないし周り中を癒やしてくれます。下の子二人は可愛い小悪魔ですけどねw)
あ、そうそう、2020年11月現在、ダイの大冒険のリメイクがテレビ放送されているのですが、ダイがヒャダインを唱えたときに若い子たちは、「あのヒャダイン??」と芸人の方を思い浮かべてしまったとか。
そりゃないぜー。
いわゆる「◯◯はパクリ!」っていう理屈へのカウンターとして
「Fate/ stay night」ってアニメ(原作は大人向けゲームですが)には
「この世のすべての英雄譚(ex.アーサー王物語など)は最古の英雄譚であるギルガメッシュ叙事詩のパクリ!」と
公言して憚らないキャラクターが出てくるんですよ。
というかそのキャラクターがギルガメッシュ本人なんですけどね。
ギルガメッシュ叙事詩のようにエンキドゥやイシュタルたちが出てくるアニメなのでしょうか。視聴者の意識を逆手に取っていて面白そうです。
ところで、世界各国に似たような神話があるのはギリシャだとかどこかに起源があるのだろうなとは思いますが、違う場所違う時代に偶然似たような話が生まれるということはありそうです。たとえば、支配者に苦しめられる民の中からヒーローが出るというのは場所や時代は違えど民衆の夢(妄想)だったと思うので。
「Fate」シリーズはざっくり説明するとアーサー王やヘラクレス、ギルガメッシュといった「英雄」が現代日本に転生してバトルロイヤル形式で戦うアニメです。
ギルガメッシュは「最古にして最強の英雄」というポジションで登場します。エンキドゥとイシュタルは居ませんが後に出たスピンオフ作品で登場します。
ちなみに山田風太郎の「魔界転生」のオマージュであると原作者が公言しています。
>世界各国に似たような神話がある
イザナギの話はギリシャ神話のオルフェウスを元にしているんだろうなということは想像に難くないですが、ギリシャ神話がシルクロードを通って中国から日本に伝わったと思えばそれはそれでロマンなので、それをパクリと言ってしまうのは無粋な気もしますね。
Fateってバトルロイヤル形式で戦うアニメだったのですね。全然違うのを想像していました(^^;
言葉だけで語り継ぐ伝承は、伝言ゲームみたいに最初の話とは形が変わっていそうです。二次的著作物の二次的著作物は三次的著作物(!)で、百次的著作物になる頃には原型を留めていなくなっていたり・・・(笑)ギリシャのオルフェウスも日本では日本的にアレンジされてしまうように「根っこは似ているけど違う」作品って世界中にたくさんありそうですね。
語り手も偉大です!