勝利者の得るもの【フレイザードを反面教師に】

今日はテレビで『ダイの大冒険』をやっていたようですが、我が家にテレビは無いので見ていません。あとでまとめてみようと楽しみにしているのですが、ちょっと検索してみたら情報が入ってきちゃうんですよね。
今週はフレイザードの回だったようで、あの名言が脳内に蘇ります。

「オレは戦うのが好きなんじゃねぇんだ・・・。勝つのが好きなんだよォォッ!!!」

邪悪そのもののセリフでたまりませんな!

 

しかし、「勝利」に目がくらんだ者がどうなるか・・・

そう。勇者ダイに敗れるわけです。
そしてミストバーンにも見捨てられるわけです。

勝つのが好きな者が負けた場合、後に残るものは何もありません。

中身の無い人格ゆえにただ栄光だけを求めているとどうなるか、フレイザードさんが体現してくれました。

 

これって、創作の中の話だと笑っていられないでしょう。

こういうことって資本主義社会の競争の中ではよくあることだから。

資格や学歴、肩書で武装して勝とうとするのが資本主義社会ではないでしょうか。

そして、立派な人もいますが、自分のことしか考えていない、人格的に尊敬できない人が、敵を陥れたり上に媚びたりしてのし上がろうとするのが企業内政治の在り方ではないでしょうか。

本人だって薄々気づいているはずです。
資格や学歴、肩書を取り去った自分には何もないことを。

年収やモテにこだわり、自分より下と思う人間を見下し、上にへつらい、自分をほめてくれる人だけを大切にする。

こういう自尊心だけ高くて他者を見下す人、周りにいませんか?

成功体験にしがみつき、自分を過大評価し、お金が勝利の基準になっている生き方は魅力的でしょうか?

 

悲しいことに、「勝利」で得られるものは「敵意」です。
そのため、どんなに人格者でも、「勝利」すると「敵意」を受け取ることになります。

 

お釈迦様は大昔にこう言っています。

「勝利者が勝ち取るものは敵意である。敗れた人は苦しんで萎縮する。心穏やかな人は、勝敗を捨てて安らかに過ごす」
(法句経第15章)

これは太古より変わらぬ人間社会の真理です。

勝利者が勝ち取るものは敵意なのです。

 

ですから、最初から勝敗を捨てることが安らかに過ごせる生き方なのです。

 

人格者でも勝利すると嫉妬され、蹴落とされます。
人生の成功を「心穏やかに暮らすこと」と考えたら、そもそも勝利を求めることが間違っているのです。

「他者に勝つこと」を目標にした場合に行きつく先は、言わずもがなでしょう。

 

「真の勝者」は、競争に勝つ者ではありません。競争をしない者です。

 

それを知ることが出来ていたら、フレイザードは悟りを開いてポップを超える賢者になっていたかもしれません。
(そしてメドローアを超える究極魔法を使えたはず)

 

勝利を望まず、ただひたすらに遊び続けた者がレベル20で悟りを開けるのはこういう深い理由からなのです(いや、嘘やろ)。