特許権の強制実施権と新型コロナウイルス感染症の治療薬

相変わらずマスクや消毒用のスプレー等が品薄状態となっています。
あるにはあるのですが、異常な高値で販売されているというのが現状です。

たとえば、アマゾンで消毒用アルコールウェットティッシュの値段を見たら10倍以上になっていました。

また、消毒用スプレーの生産などを始めたところも、高い値付けをしていますし、高額マスクがクラウドファンディングで数千万もの資金を調達しています。
お守り的アイテムも飛ぶように売れています。

アナログでは、こっそりと通常の10倍以上の価格でマスクを売り出しているところもありますし(インターネットオークションで暴利を貪った場合には、販売後に値上げ分の価格を没収されることがあるが、アナログの場合は一回きりなら逃げられる)、「コロナで商売」は当たり前のように行われています。

今販売したら皆が挙って買う商品としては、「コロナ用の治療薬」が考えられます、
新型コロナウイルス感染症のワクチンや治療薬があったらいくら出してでも買おうとするでしょう。

しかし、通常は製薬会社は薬を販売して儲けてもそれほど強く言われませんが、今回のように多くの人が恐れているウィルスの治療薬に関しては、値段を高く設定して儲けると人道上の理由から非難があることは確実です。

 

国境なき医師団のウェブサイトによると、国境なき医師団(MSF)は3月下旬、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に用いられる治療薬や検知キット、ワクチンが特許の対象となり、暴利の種となることのないよう求めました。

これにより、公共の利益を守るため途上国の政府などが、特許技術を第三者が許可なく使える「強制実施権」の発動をし、メーカーに安く薬を供給することになるかもしれません。

既にカナダ、チリ、エクアドル、ドイツは新型コロナウイルス感染症の治療薬・ワクチンその他の医薬品について、強制実施権を発動し、特許の無効化のための手続きを進めているとのことです。

市民団体やMSFの激しい批判を受け、製薬企業ギリアド・サイエンシズ社は先日、有望な新型コロナウイルス感染症治療薬候補であるレムデシビルに対する米食品医薬品局(FDA)による特別指定を放棄。この指定があれば、70カ国余りで出願していたレムデシビルの特許を、特許期間の20年が経過した後も独占・支配することが可能だった。4月には、新型コロナウイルス感染症治療へのレムデシビル適用に関する臨床試験の中間結果が期待される。ただ、ギリアド社は今も世界各地での特許権行使を控える構えを見せていない。

製薬会社は1つのブロックバスターが登場すればそれだけで大儲けすることが出来ることから、研究者のために設備を揃え、高い給与を支払います。

研究者が結果を出してくれないと製薬会社は投資の意味がありません。

しかし、大発明なんて簡単に出来るものではないことから、多額の人件費がかかることになります。

これらの設備や人件費を支えてくれるのが、新薬です。
新薬は高価ですが健康には替えられないので多くの人が買い求めます。
これによって製薬会社のビジネスは成り立ちます。

 

しかし、薬価の引き下げや特許権使用料の引き下げが行われた場合はどうなるでしょう。

ブロックバスターさえあれば今までの投資を賄えるから頑張ってきた製薬会社のやる気を削いでしまいます。
研究開発しても得られるのは名誉だけで金銭的報酬が得られないのなら、誰か他の人が研究してくれということになるでしょう。

もちろん異常に高価な薬価にすべきではありませんが、ある程度は製薬会社が利益を得られるようにしないと研究開発への意欲を失わせることになり、結果として優れた医薬が生まれないことになります。

資本主義社会では、名誉だけでは食べていけません。

したがって、薬価の引き下げを求めるのは良いのですが、その分を国が保障するなど何らかの手段を採るべきです。

 

・・・とまぁ、ここまでは発明者の意欲という観点から基本的なことを述べたのですが、上に出てきたギリアド社などは既にレムデシビルの研究開発のために多額の公的資金を受けているそうです。

診断検査機器メーカーであるセフィエド社も、新型コロナウイルス感染症迅速検査(Xpert Xpress SARS-CoV-2)で利益を得る会社の一つですが、MSFなどの調査によると、セフィエド社のこの検査のカートリッジ1個あたりの製品原価は、製造費や間接費などの諸経費を合わせても3米ドル(約320円)ほどで、検査1回あたり5米ドル(約540円)でも利益は得られると推計されています。

「アビガン」のように特許が切れていない新薬の場合には人道上の理由から特許権の非行使も止むを得ないでしょう。
発明者の開発意欲を削がない程度にバランスをとって特許権の存在が「悪」にならないようにしてほしいところです。

ところで、このブログの読者には弁理士試験受験生も多いので最後に特許法条文について書いておきたいと思います。
このコロナ問題のようなことこそ、まさに特許法93条「公共の利益のための通常実施権の設定の裁定」の出番ですよね!

第九十三条 特許発明の実施が公共の利益のため特に必要であるときは、その特許発明の実施をしようとする者は、特許権者又は専用実施権者に対し通常実施権の許諾について協議を求めることができる。
2 前項の協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、その特許発明の実施をしようとする者は、経済産業大臣の裁定を請求することができる。
3 第八十四条、第八十四条の二、第八十五条第一項及び第八十六条から第九十一条の二までの規定は、前項の裁定に準用する。