昨日は、山本伸樹氏が被告郡山柳町商店街協同組合等を相手取って著作権に基づく差止等を請求したというニュースを聞いて、驚き、つい、わけの分からない記事を書いてしまいました。(ウッソがシャアの孫かどうかは知らない・・・)
それに対し、松永洋介さんから訴状をきちんと読むようにとのコメントを頂いてしまったので、今日は真面目に検討したいと思います。
ちなみに、私が最初に金魚電話ボックスについて書いたのは、こちらの記事です。金魚電話ボックスと著作権
この記事では、中原先生という著作権法を教えている大学教授がコメントをくださったのですが、その後、コメントをいただけませんでした。
私の知る限りでは、著作権法の先生では中山教授はいても中原教授という人は聞いたことが無いので、一体どこの誰だったのか未だに謎です。
金魚電話ボックス事件の内容
さて、訴状の趣旨は、公衆電話ボックス様の造作水槽及び公衆電話機の廃棄と、約350万円の金員の支払いなどです。
詳しい内容を見ていきましょう。
訴状の2では著作物性について述べられています。
(1)原告作品は,現代美術作家である原告によるパブリックアートであり,鑑賞
目的の純粋美術に属するものである。
これはその通りだと思います。山本氏の作品は立派な美術品であり、著作物性があります。
(2)原告作品を含む「メッセージ」には,「遠い地を流れる水の言葉に耳を傾け,美しい水と環境を守ろう」という願いが込められており,環境保全がテーマの現代美術作品である(甲第15号証,甲第16号証)。
これについてもそのとおりだと思います。
原告作品は,街中に存在する公衆電話ボックス様の造形を水槽に仕立て,公衆電話機も設置された状態で,金魚を泳がせるという斬新な選択によって,上記テーマを落とし込みつつも,一般人にも興味を引く表現となっている。
また,金魚を泳がせた水槽という表現上必要となる金魚等の生育環境を維持する目的との関係においては,ろ過装置を備えることや,エアストーンを別途設置し,エアポンプにより酸素を送り込む構成が考えられるが,原告作品においては水中下の公衆電話の受話器部分を利用して気泡を出す仕組みを取られ(エア用チューブを内蔵),メッセージが送られている様が表現されている。
これについては、かなり苦しいですね・・・。
「斬新な選択」って、要するに「斬新なアイデア」ということですよね。別の言葉でいうと、「新規なアイデア」です。
これは、特許法で保護される対象です。
「過去に公衆電話ボックスの中に金魚を泳がせた作品を創った人はいなかったら、斬新である。だから、真似をしたら著作権侵害である。」ということは、「同じアイデアで作品を創ってはいけない。」と言っていることになります。(余談ですが、山本氏以前に海外では似たような作品を発表している美術家の方がいらっしゃったようですね。)
すると、特許法の保護対象であるアイデアを著作権法という別の法律で保護しようとしていることになってしまいます。
これはオカシイです。
ちなみに、特許法で保護されるアイデアというものは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(特許法2条1項)でなければいけないので、金魚電話ボックスのアイデアで特許は取れません。
要するに、このような簡単に思いつくアイデアには特許性は無いし、著作権法でも保護されないのです。
矛盾するようですが、山本氏の作品は著作物ですが、「アイデアを真似している」という理由で著作権侵害は問えません。
そうではなくて、「表現を真似している」と主張しなければいけません。
商店街が山本氏の作品を見て(依拠性)、表現を似せた作品(類似性)を創ったら、著作権侵害だといえます。
公衆電話といういわば額縁やキャンパスに金魚を泳がせるだけでなく、その表現が似ていなければいけないのです。
すなわち、金魚を電話ボックスの中で泳がせるというアイデアではなく、山本氏の作品「メッセージ」が表現しているものを真似したかどうかが重要となってきます。
ここで、法律は違うのですが、同じ知的財産権法の枠組みで、「立体商標」の話を持ち出してみたいと思います。
リンク先で詳しく説明しているのですが、この立体商標というものは、取得が難しい権利です。
権利取得を希望する商品が、指定商品等の形状そのものの範囲を出ないと認識するにすぎないと思われる形状のみからなる立体商標は、商標登録されません。
また、その機能を確保できる代替的な形状が他に存在するか否かも重要です。
たとえば、ヤクルトの容器は立体商標登録を受けていますが、この立体商標登録を受けるまでに何年もかかりました。
誰でもヤクルトの容器を見れば「あ、ヤクルトだ」とわかると思うのですが、それでも長い間立体商標登録が認められなかったのです。
この立体商標のところで出てくる用語「その機能を確保できる代替的な形状が他に存在するか否か」を今回の件に使わせてもらうと、「公衆電話ボックスに金魚を入れて泳がせた場合に、代替的な表現が他にできるか否か」となります。
つまり、アーティストだろうが一般人だろうが、誰が電話ボックスに金魚を入れても同じにならざるを得ない部分には創作性は認めるべきではないだろう、ということになります。
山本氏の作品ならではの表現が無い限り、著作権侵害を問うことは難しいでしょう。
もし山本氏の作品が、絵画だったら、著作権侵害の認定は簡単でした。
だって、描かれた絵を見比べてみれば、類似性の認定は容易ですからね。
でも、生きている金魚が電話ボックスの中で泳ぎ回ることにより表現するものの独自の創作性の認定は困難です。
もし山本氏が電話ボックスに装飾を施しており、その装飾を商店街側が真似したとしたら、著作権侵害の認定は簡単です。
しかし、金魚が電話ボックスの中で泳いでいるというアイデアだけでは著作権侵害は問えません。
問えるとしたら、受話器から空気が出ているという部分でしょう。
ここを上手く攻めたらどうにかなるかな・・・。
まとめ
というわけで、今回の結論も以前と同様です。
この裁判では、山本氏の勝てる見込みは低いでしょう。
やはり、裁判など起こさず、アーティストと商店街で手を組んでほしかったです。
そうしたら、商店街側からアートの発注があって、山本氏の懐も潤ったかもしれませんしね。
または、別のところからお声がかかったかも。
私は今までに様々なアーティストの方と知り合いましたが、アーティストの方たちって、生活が大変です。
貯金が全然無くて創作を続けられなくなってバイトをしている人やアーティスト活動を休止する人なんてたくさんいますし、鬱になって活動できなくなって生活保護を受ける人もいますし、儲かっているアーティストなんてほんの一握りです。
もしこの裁判に勝てたら、山本氏はかなり生活が楽になると思うので買ってほしい気はしますが、自由な創作を促し、文化の発展を望むならば、山本氏に軍配をあげるわけにはいけないでしょう。
今回の裁判では、山本氏の評判を下げてしまうことになるので、裁判をするよりも、過ぎたことは過去のものとして、新たなアートを生み出すことに注力してほしかったです。
大学院で知財法を学んでいた者です。
ニュースを見て今回の事件に興味を持ちました。
とても分かりやすくまとまっているブログだと思います。
これからもがんばってください。
本件、普通に考えると負け筋の訴訟ですが、原告側の先生が
どのように理論構成するかが楽しみです。
コメントありがとうございます。
私も原告側の先生がどのように理論構成するかが楽しみです。
現物を直接見たことは無いのではっきりとは申し上げられないのですが、公衆電話の受話器部分から気泡を出している表現を商店街側が真似をしていたとしたら著作権侵害が認められる可能性があると思います。
そのような事実がなかったら、残念ながら勝訴の可能性はかなり低いと思います。
いずれにせよ、この裁判は完全勝訴は難しいと思います。
はじめまして。
ネットでこの金魚電話ボックスを知っていろいろと記事を読んでいました。わかりやすい説明で助かります。
私もあのアイデアだけでは保護されないと素人なりに思います。水槽に入れる魚はたいてい金魚でしょうし、エアポンプも電話ボックスの形を活かすなら受話器につけるでしょうし、どうしても似るでしょう。(エアポンプを他の場所に取り付けたり魚をグッピーにすれば山中氏は引き下がったのでしょうか……)
山中氏の悔しい気持ちもわかります。
なぜ後に出した方が有名になったのやら。私が彼の立場でも号泣したはず。
でも、「自分の作品に替えて名前もつけろ」と求めるのは大人気ないです(予算は持つと仰ってたようですが)
しかもそれを断られて告訴するのは「おお、神よ」という感じです。
先見の明があった芸術家がこんなことに時間を注ぐことになるとはまさに悲劇。
私も山本氏の立場だったら悔しかったと思います。
たとえアイデアに過ぎないとは言っても、アーティストとしてのプライドを誇示するために元祖権のようなものを主張したいと思ったはずですし、その気持ちはわかります。
実際、アーティストさんたちには元祖にこだわるひとが多いように感じます。「これは自分が初めて創作したんだ」と。
その気持の部分は守ってあげたいですね。
今回の事件では山本氏自身はそうでもないのに周りの人が騒ぎすぎたという話を聞きました。
そうだとしたら、山本氏は被害者なのかもしれません。
こんにちは
>問えるとしたら、受話器から空気が出ているという部分でしょう。
>ここを上手く攻めたらどうにかなるかな・・・。
できましたら金魚電話ボックスの映像を見て欲しいです。
youtubeで「金魚電話ボックス」と入れるとたくさん出てきます。
「金魚電話ボックス」は(ブクブクとも呼ばれる)エアレーションが電話ボックスの底(電話機が置かれている棚の下の方)に1個置かれていて、受話器から出る泡よりエアレーションからの泡のほうが多いです。
受話器から泡がほとんど出ていない映像もあるし、電話機本体の硬貨を入れるところから泡が出ている画像もあります。
だから受話器にエアポンプの管を通しているのではなく、エアレーションの泡の一部が受話器に伝わっているように思えます。
電話機の代わりにレゴで作ったカラフルな飾りが置かれている時もあります。
「テレ金」は受話器からも泡が出ているのですが、水槽底に4個のエアレーションが置かれているので、水槽内が泡だらけです。
福田さんは「山本作品よりも金魚電話ボックスのほうが金魚に悪い環境である」とお考えなのではないかと思いました。
でも金魚ボックスがあった大和郡山市は金魚の養殖の街です。
柳町商店街は金魚ストリートと呼ばれています。
Googleの画像検索で「大和郡山市 金魚 水槽」または「大和郡山 金魚ストリート」で検索してみてください。
金魚改札、金魚テレビ、金魚レンジ、金魚が泳ぐ自動販売機、金魚灯籠、金魚が泳ぐテーブルの金魚カフェなどいろいろ不思議金魚水槽があります。
金魚電話ボックスがあった場所には今は2トンの水量の横型大型水槽が置かれているようです。
不思議金魚水槽が増えた理由がこのHPに書かれています。
↓
街なかを金魚泳ぐ、奈良県の不思議な光景 2019.7.14 10:00 Lmaga.jp
https://www.lmaga.jp/news/2019/07/71358/
>──これだけ金魚が街を侵略していますが、街中に金魚が泳ぎ出したのはいつ頃からですか?
>山地さん「せっかく観光に来ても(金魚の街なのに)金魚があまり居ないという事で、地元・柳町商店街の方々の主導で5~6年前から始まりました。
>そこで市も協力して2016年に『全国金魚のお部屋・おうちデザインコンテスト』を開催し、屋内・屋外最優秀賞、特別賞受賞者の作品を展示しています。
>地元商店街さんがさまざまなアイデアを出して、市も一緒になってという感じです」
地元の人がコメントを書き込んでいたHPがあったのですがもう無くなっていたのでhttpは書けません。
山本氏の提案を断った理由は、山本作品として修正設置するとイベントごとに水槽の中の電話を別の飾りに変えていたのができなくなるし、金魚に良くないのに藻で水が緑色になる状態を維持することを要求されたのですが、そうしたくなかったからだそうです。
金魚に良くない理由が書いていなかったので、いろいろ検索してみました。
・藻で緑になった水は、藻の種類によっては魚に毒になる種類もあるし、害の無い種類もありメダカや稚魚などの小魚の餌になることもある。
・藻は太陽が出ている時は光合成をするが、夜や天気の悪い日は光合成をせずに呼吸だけするので水槽が酸欠になることがある。
・縦型水槽は横型水槽よりも水面が狭いので注意。
・エアレーションの泡の酸素が水に溶け込むのはあまり期待できず、泡で水面を揺らすことでそこから酸素を溶け込ませる。
・エアレーションは対流を起こして上部の酸素が多い水を下部に運ぶので、水槽の底に置くのが基本。
だから、「害の無い藻の緑の水は金魚の稚魚の餌にはなるが、縦型水槽で金魚の稚魚を育てるわけではない。藻が発生していると光が当たらない時に受話器からしか泡が出ない(エアレーションが上部にしかない)縦型水槽は金魚には良くない」のかなと思いました。
裁判の判決が出ています。
金魚電話ボックス、著作権侵害の訴え棄却 作家は控訴へ 朝日新聞デジタル 桜井健至 2019年7月11日 12時05分
https://www.asahi.com/articles/ASM7C34VNM7CPOMB002.html
>判決は「電話ボックス様の造形物を水槽に見立てて金魚を泳がせるなどという発想はアイデアにほかならず、表現それ自体ではないから、著作権法上、保護の対象とならない」などと指摘した。
>山本さんは報道陣に「想定外でした。ぼくの作品を否定したということだと思う。不安と落胆でいっぱいです」などと話し、控訴する方針だという
判決について詳しく書いてあるHPがありました。
うしとみし 判例【金魚電話ボックス裁判】
https://gyuhotactics904.hatenablog.com/entry/2019/07/16/154744
>ちなみに、このことについて原告の主張を見てみると、このように述べています。
>水槽内に空気を送り込むためには,ろ過装置やエアストーンを別途水槽底部に設置して空気を送り込むことが機能上最適であるし,他の類似作品については,受話器から空気は出ていない。このように,原告作品は相当の工夫が施され,原告の個性が発揮されているものであり,原告の思想又は感情が創作的に表現されたものであるʻから,著作物性が認められることに疑いの余地はない。
何回も言いますが、金魚電話ボックスの水槽の底に機能上最適にエアレーション(泡の目の細かくする時はエアストーン。ろ過装置とセットが一般的)が置かれています。
>とはいえ本判決にも疑問に感じる部分がありました。こちらのブログ(https://ipmainly.com/kingyo-saiban/)でも触れられていますが、受話器から空気が出ている点。これについては創作性を認めてもよかったんじゃないかなあと思う部分があります
金魚電話ボックスの水槽底にエアレーションがあることに気が付かない人が、山本氏が「受話器から空気が出ている」と書いた文章を見て「受話器のみから空気が出ている」と誤解する人が多いのではないでしょうか。
私も最初はそう思い込んでいました。
>問えるとしたら、受話器から空気が出ているという部分でしょう。
>ここを上手く攻めたらどうにかなるかな・・・。
でも↑福田さんのこの言葉で泡に注意して映像を見て回ってはじめて「受話器からも空気が出ている時がある」のだと気が付きました。
それまで私は金魚しか見ていなかったのです。
裁判長も水槽の底のエアレーションに気が付いていなかったのではないかと思えるのですが。
誤解していたのが私だけだったのなら、ごめんなさいです。
これは美術家の型にしたら納得いかないし訴えたくなる気持ちすごく分かります。
現行の著作権法ではなく、コンセプチュアルアートの著作権を守る仕組みがあっていいと思う。
じゃないと泣き寝入りという選択肢しかなくなり、それはおかしいと思う。
芸術家逆転勝訴だそうです。
速報では「気泡が出る受話器」がポイントだったようで、もしかして原告側もちはるさんの記事を参考にしていたのでしょうか!
私の記事はニュースを見てサッと書いただけのものなので、「気泡が出る受話器」のことまでは考えていませんでした。
学校に関する事実認定の誤認もあり、情報提供をいただいて訂正しました。
今後最高裁でどう判断されるかわかりませんが、芸術家保護のために「気泡が出る受話器」には創作性を認めてほしいと思います。
(ただし、金魚電話ボックス全体では著作物性は認定されないでしょう。あくまでも受話器部分だけです。)
さて、色々情報提供をいただきましたが、この事件、芸術家の著作権侵害というよりも”他者に利用されている芸術家”という点の方が痛ましいですね・・・。
本人が著作権侵害と主張するのは良いとしても、関係のない人たちが焚きつけるのはいただけません。
著作者の人格の保護と今後の安寧を考えたら”取り巻きに操られている芸術家”という構図は望ましくないので、そっとしておいてあげてほしいです。
(今更もう無理ですが・・・)