昨日、娘がスイカを食べているときにこんなことを言いました。

 

「スイカにはどうしてこんなにたくさん種があるの?
種なんてなければいいのに」

 

これは、何気ない発言ですが、完全に人間視点の考え方です。

 

スイカを始め、植物には種を存続させるために種が必要です。

種は失われ易いので、数が多ければ多いほど良いでしょう(あ、これもきっと無学ゆえの私の思い込みです。後述するように種が一つしかない品種もありますから)。

 

植物ではありませんが、マンボーは一度に数億個の卵を産みます。その大半が他の魚の餌になってしまうので、数を増やすしか種が生き残ることができないからです。

 

さて、スイカの話にもどりますが、現代ではスイカは人の手によって大切に育てられるので、種の数は少なくてもいいでしょう。

 

サクラ科の植物のように種が一つでも問題ないでしょう。

 

もし可能なら、梅やサクランボのような種と交配させて種が一つしかないスイカができたら面白いかもしれません。

 

しかし、だからといって極端に種が減ってしまうと、状況が変わった時、つまり人間が栽培をやめたときにスイカが生き残る途は険しくなってしまう可能性があります。

 

現代では芽にコルヒチンをかけて種なしスイカにする技術もありますが、そんな食べやすさを追求して毒が添加されてしまった果物など食べたくありません。

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私は新技術や発明が大好きで、生活がもっともっと便利になればいいのにとは思いますが、食料に関しては極端に便利さを推し進めるようなことはしてほしくないです。

 

さて、子供が人間視点の発言をしたので、ちょうど良い機会だと思い、一緒にtrizのSLP(Smart Little People)の手法で未来の植物について考えてみました。

 

「もし、私達が種だったら、どうしたいかな?」

 

「僕達人間に嫌われている。でも、嫌われるのは嫌だ。」

 

「ぼくたち美味しくなったらどうだろう?」

 

「そうだ。美味しければ、多ければ多いほど喜ばれるよ!」

 

「そうだね。喜んでもらえるのって嬉しいよね。

 

どうすれば美味しくなれるかな?」

 

「かぼちゃの種って、中身は美味しいよね。きゅうりの種やいちごの種はそのまま食べられているし・・・。
美味しくなるんじゃなくて、食べ方を工夫して貰えばそれでいいんじゃないかな?」

 

「そうだね。ひと工夫してもらえばいいね。

 

でも、忙しい主婦にはその一手間が面倒なのよ・・・(笑)」

 

 

というわけで、私達、擬人種が考えた結論は、「現状維持。人間に美味しさを気づいてもらう」でした。

 

やっぱり自然のままがいいw