発明をするためには、「勉強」「経験」が必要です。

 

この「経験」は必ずしもその分野だけに限らず、他分野での勉強や経験が重要になってきます。

 

したがって、勉強すればするほど、経験を積めば積むほど、より発明をしやすくなります。

 

発明と違って、発見は、人間の思想や経験などは一切関係なく、偶然に左右されます。

 

発見とは、その人が見つけようが見つけまいが、すでに地球上に存在していたことを見出すことです。

 

ですから、ニュートンの法則などは「発明」ではなく「発見」です。

 

 

このように、最初に発見することは偉大なことですが、人の頭脳や創造力が必要とされる点で、発明の方がより偉業とみなされることが多いと思われます。

 

どうすれば発明を出来るかと問われれば、人によっては「試行錯誤するしかない」と答えるでしょう。

 

Trizに尋ねたら、「試行錯誤はせずに、システムに当てはめて考えろ」という答えが返ってくるでしょう。

 

 

一方、発見をするには「意識的に観察」することが重要です。

 

誰にでも発見出来るわけではありません。

 

同じ物事を見ていても、ニュートンは発見出来たのに、他の人には発見出来ませんでした。

 

 

しかし、この「意識的に」というのが曲者で、なかなか難しいのです。

 

問題を解決する必要がない分、発明より発見は楽なのですが、それでも「当たり前」と思って「意識せずに観察」していると発見することができません。

 

目に写っているのに「気づけ無い」のです。

 

人間の心理的惰性や思い込みの力はかなりのもので、「あるはずがない」と思っていると、「ありえない」ものが現れたときに見ることが出来ません。

 

目では見えているのに脳で見えていないのです。

 

このことを理解するのに最適の実験があります。

 

「見えないゴリラ」の実験です。知っていらっしゃる方も多いでしょう。

 

「錯覚の科学」(原題は、Invisible Gorilla)という本で紹介されているのですが、ある大学で学生を集めてバスケットボールの試合を見せて、「パスの回数」を数えてくださいと指示しました。

 

でも、それはダミーの指示で、実験の本当の目的は、「ゴリラが見えるか見えないか」です。

 

試合の最中にゴリラの着ぐるみを着た学生が会場を横切るのですが、パスの回数を一生懸命に数えている被験者にはその姿が見えません。

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いえ、目には入っているのですが、脳がそれを認識しないのです。

 

嘘のようですが、本当です。

 

パスの回数を数えることに熱中するあまり、脳が異質な存在を「ありえないもの」として排除してしまっているのです。

 

このゴリラが見えない理由は「選択的認知」と呼ばれています。

 

何かに集中している時には、他のことが頭に入ってこないのです。

 

テレビに熱中するあまり、奥さんから「ちょっと、話聞いてるの!?」と怒られ、「え?何だったっけ?」と反応してしまう男性なんか多いのではないでしょうか(笑)

 

この実験の被験者たちに「新しいことに気づく自信はあるか」と尋ねたところ、大半が「ある」と答えたそうです。

 

そして、現実は全員ゴリラに気づけなかったという事実から、人間がいかに自分の能力を過信しているか、「人の観察力は当てにならない」ということに気付かされます。

 

平易な文章でスラスラと読めてしまうのに得られるところは大きい良書ですので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

さて、今日は、うちの子が発明ではなくて、面白い「発見」をしたので写真を取りました。

これです!

ジャストフィット!

福田家次女の作品?
福田家次女の作品?

 

ペットボトルのキャップと食玩(お菓子のおまけとして付いてくるおもちゃ。最近ではお菓子の方がたんなるおまけで、おもちゃは立派な物が多い)はサイズを統一しているわけではないと思うのですが、見事にサイズが合いました。

 

もしかしてデファクトスタンダードになっているのかな?

 

真実はわかりませんが、なんだか笑えました(笑)

 

 

こんなどうしようもない小さな発見でもすると楽しいので、ぜひ物事を「違う視点から」「先入観を持たずに」見る癖をつけてみてください。