2021年度の知財キャリア相談の振り返り

守秘義務がありますので個別具体的なケースについては書けませんが、知財キャリア相談をしていて気づいたことを書きとめておこうと思います。

【キャリア相談の振り返り 2021年版】
・大学生による就職相談は今年も多かったので、知財業界は就職先として人気があるのかなと思いました。

・シニアの方からのご相談もあったので、転職の難しさについては率直にお伝えしました。知財業界未経験の場合、定年退職前の年収よりマイナス300万円くらいで雇ってもらいたいというのは条件としてかなり厳しいです。

・遠慮しつつ愚痴を書き連ねてくる方もいらっしゃいますが、どんどん愚痴ってほしいです。愚痴を言っては申し訳ないと気をつかわれる方もいらっしゃいますが、そんな風に他人に甘えずに全部自分で抱え込もうとしているとある日突然心が折れてしまいます。どうぞ気にせず愚痴ってください。2021年度より前になりますが、明るく「元気が出ました」とご連絡をくれた方が、実は最後の元気を振り絞ってメールをしてくださっていたということがあります。当時の私はレベルが低く、その方の空元気に気付けませんでした。これ以上は個人が特定されかねないので書きませんが、責任感の強い人はぜひ他人に甘えるということを覚えてください。ご両親だって甘えてほしいはずですよ。

 

全体の印象として今年は「勿体ない退職」が多かったと感じました。

知財業界にキラキラしたイメージを抱いて入ってきた人の多くが短期間で仕事を止めるか弁理士試験受験を断念しました。
数ヶ月で自分には向いていないと判断し止めるのはある意味賢明です。半端に数年続けてしまうと辞める決断ができなくなりズルズルと続けて試験勉強が大きな精神的負担となってのしかかってくるからです。

何も適性が無い人なんていないので、知財の仕事が自分に向いていないと判断した場合にはスパッと辞めてしまうことは良いと思います。

ただ、冒頭に書いたように勿体ない理由で辞めてしまう人が多いように感じました。

勿体ない理由とは主に以下の2つです。

①同期や後輩が優秀すぎて劣等感を覚えた

稀に短期間の間に天才的な才能を見せる人がいます。そんな人には所長や教育担当者も期待をかけます。特許事務所内ではついついその人のことばかり話題になります。

ところが、天才とちょうど同じ時期に入社した人、または既に先輩として働いている人がいる場合、その人は天才のように覚えたりアウトプットをすることが出来ないので劣等感を覚えてしまいます。
その人の能力が低いわけではなく天才が天才過ぎるだけなのですが、「自分は比べられているのではないか」「バカにされているのではないか」と疑心暗鬼に陥り通常のパフォーマンスさえ発揮できなくなります。
新しい仕事をしつつ弁理士試験の勉強もしていては力が発揮できなくても当然です。

自分に厳しいことは悪いことではありませんが、厳しすぎて「今の自分に価値はない」と思い込んで諦めてしまってはあまりにも勿体ないといえます。
周りが何を言おうと思い悩む必要はありません。自分自身を信じてあげてください。
他者に優しくするだけでなく、自分にも優しくしてあげてください。

特に、私が「あなたなら一流になれます」と言ったときは、お世辞ではなく、本気で相手の可能性を信じているときです。
未来だけを見て進んでください。
今駄目だと思い込んでいても、人は変われるのです。

反対に、「この人は早期で辞めてしまうかも」と思ったときには、何度も「続けられそうですか?」と確認をしますし(それでも辞める人は大勢います)、望む職種と才能がマッチしないと思った場合にはそのように告げます。
「これがやりたい!」と職種限定で相談されて来られる方には伝えにくいのですが、御本人が知財部員志望でも、向いていないと思った場合にはそのようにお伝えします。自分が嫌われたくないからといって雇ってくれるあてもないのに「あなたならきっと良い企業に就職出来ますよ!」とお世辞を言うのは不誠実だと考えているからです。

無理して人生がボロボロになった人たちの二の舞いにはなってほしくないので、今後も転職前に真実をお伝えしようと思います。ご相談くださった方の幸せを心の底から念じているので、たとえ「言ってほしくないこと」を言ったとしても気持ちは伝わると善意解釈しています。

代わりに、向いていないと伝えたにも関わらず頑張っている人のことは全力で応援します。
それは、既に弁理士試験の勉強を既に始めてしまった人(受験予備校に数十万円支払ってしまった人)です。
このタイプの人は「明細書を書く」という仕事に向いていないだけで他の才能を秘めている可能性が大いにありますので、まずは弁理士資格を取ってからキャリアについて再度考えるのも良いと思います。
出願代理は弁理士の最も儲かる業務ですが、それだけが弁理士の仕事ではありませんから。

仕事というものは基本的に能力というよりも、情熱や考え方の方がパフォーマンスに影響することが多いと考えています。
「早く金持ちになりたい」「他人から凄いと思われたい」と考える人は才能があれば良いのですが、数年経っても思ったほど給与が上がらない場合に、退職したり弁理士試験の勉強を諦めてしまいますが、「良い仕事をしたい」とひたむきな人は前者よりも結果的に昇給額が高いことが多いようです。
お金がほしいとかモテたいという気持ちは原動力になることもあるので良いのですが、難関資格試験受験の場合、合格までの数年の期間を耐えることができない可能性があります。既に自分の人生を後悔して逆転を狙っている人ほど心が壊れてしまいます。
思い描いていた理想の自分と現実の自分のギャップに耐えきれずにおかしくなってしまう人はいます。

なお余談ですが、難関資格を得たからといって近づいてくるような異性は相手を金づるとしか見ていないので、そんな人からモテたところで嬉しくないでしょう。
本当に信頼できるパートナーを得たいなら弁理士試験合格前から付き合っておくべきですし、実務経験を積みたいなら本当に実力を付けることができる特許事務所で経験を積むべきです。

どんな特許事務所なら実力をつけられるかと言うと、直接の上司の教え方や考え方、明細書の質が深く関わってきます。
注意したいのは、「天才だからと言って教えるのが上手いというわけではない」ということです。
王貞治さんは「どうすれば王さんのようにボールを打てるのですか?」という質問に、「こうきたらこう」とさも当たり前のように抽象的な答えを返しています。
天才には説明不要で出来てしまうことが凡人には出来ないので、途中を丁寧に説明してくれる人が教育者に向いています。弁理士試験についても同様ですね。一発合格した人はテクニックは教えられますが内容については10年かけて勉強した人の方が詳しく教えられます。(私は弁理士試験受験生向けにゼミをしているのですが、一緒に教えてくださっている先生は、仕事・家事・育児・試験勉強と4足のわらじを履いて長い年数をかけて合格された方です。家族と喧嘩もせずに最終合格するというのはとんでもない人格者ですし地頭も良いので、感動してスカウトしてしまいました。この先生もそうですが、私がスカウトしている方々は皆さん副業で関わってくださっているので所属企業やお名前を公にすることが出来ません。ご相談を受けたときには先生方の所属を明らかにして対応しておりますのでご安心ください)

また、教えながら怒らないということも教育者には重要な資質です。
なお、直属の上司の明細書の質を見極められない人は、ベテランの弁理士や知財部員でレベルの高い人に意見をもらうと良いでしょう。
でも、どんな人がレベルの高い弁理士や知財部員なのかは外からはわからないでしょう。本人の自己申告も当てになりません。
客観的に見る必要があります。

②特許事務所の人間関係や仕事内容が嫌で辞めたい

これは特許事務所退職理由の中で一番多いでしょう。
同僚や所長、上長との人間関係が嫌で辞めたい、でも転職先もどうせ同じようなところだろうから決心がつかないという状況です。

これも、知財業界に過度にキラキラしたイメージを持って入ってきた人に多いようです。
よくあるのが、弁理士の仕事を弁護士っぽい何かと勘違いしている(裁判所で「異議あり!」と叫ぶ等)、外向けのアピールを仕事内容だと勘違いし泥臭い仕事など無いのだと思い込んでいる、クライアントがキラキラしているから特許事務所もキラキラしているのだと思い込む、などです。

そもそも弁理士の平均年齢は50歳を超えていますし冒険は好きではない昔ながらの堅い事務所が大半です。
そして、嬉しいことに経験を積めば食えないということはまずありません
ただし、冒険心旺盛な人には物足りないでしょう。

就職前にぜひ特許事務所でのバイトやインターンを経験してほしいと思います。どのような所なのかわかりますから。
私は小さな事務所でバイトをして製図や特許事務の補助など雑用をこなして大体の感覚を掴みました。ただし、別の特許事務所へ就職して業務内容が全く異なっていたので感覚を掴めただけでした。
一緒に弁理士試験の勉強をしていた人は、大きな特許事務所へバイトへ行って休憩時間中に弁理士試験関係の本を読んでいたら影の権力者である特許事務(お局様)によって「生意気」という理由で解雇されました。(その後弁理士試験に合格しましたし企業知財に配属されたので特許事務所を切れる立場になりました。あら大変。)

冒険心旺盛な人は、特許事務所よりもそのクライアント企業に行くと良いと思います。それも、大企業知財部ではなく、スタートアップやベンチャーです。
更には、起業するのも良いと思います。
学生のうちから起業準備をして色々試してみて、うまくいかないとわかったら一旦就職するのも良いでしょう。その後起業すれば良いのです。

冒険したいなら起業を。
安定を望むなら企業や特許事務所を選んでください。

せっかく才能のある人が企業や特許事務所で思ったような冒険を出来なかったり嫌な経験をしたからといって知財業界を嫌いになってしまうのは勿体ないです。
特に、嫌な人に出会ったからといって弁理士を嫌いにならないでほしいです。
たしかにこのブログを書いている人のように弁理士には変わった人が多いかもしれません。
士業というものは社会不適合者の集まりと言われてしまえばそうなのかもしれません。

しかし、長い通勤時間や様々な決まりごとに拘束される会社員に比べればずっと自由度の高い魅力的な仕事です。

ただし、自由度の高さとキラキラ度は比例しません。
キラキラに関係するのは、なによりも「可能性」なのではないかと思います。

情熱を秘めた人は存在するだけで輝いています。
お金をたくさん稼いで無闇矢鱈にお金配りをするとか高い物を買ったとか高級な食事をしたとか「それ、あなたの感想ですよね?」と他人を論破するのをキラキラしていると思うかもしれませんが、表面的なことに過ぎません。

それよりも、未来への可能性を秘めたその生命の輝きが、情熱や努力と合わさったときに最大の力を発揮します

若ければ若いほど可能性は広がります。今この瞬間が一番若いのですから、行動を起こす&失敗をするなら若いほうが良いでしょう。

もし知財業界が嫌になったとしても、同じような悩みは別業界に行ってもあるかもしれません。

もし途中で知財の仕事は嫌だと思うことがあったら、ぜひご相談ください。
誰かに話を聞いてもらうだけで気持ちがスッキリすることがあります。

どんな道も自分で選べばそれを正解に出来ます。

結論

特許業務が自分に合わないと思ったら、業界を去るのではなく、仕事内容を変えてもらったり、他の事務所に移ることを考えても良いと思います。特許技術者の仕事は合わなくても特許事務の仕事が合うかもしれません。また、仕事が嫌と思っていても、実は人間関係が嫌なだけで、事務所を移った途端にハッピーになるケースもあります。
ただ、その際に気をつけたいのが、「年収アップは必ずしも幸せに繋がらない」ということです。
年収と同時に業務量も増加するケースが多いからです。また、癖のある人たちの集まった事務所で、人が集まらないために仕方なく高い年収を餌にしているという例もあります。
この手の転職をしてしまった弁理士さんや特許事務さんたちは、一度痛い目を見たために再度の転職を躊躇してしまいます。
転職前には多角的な視点から働きやすさについて考えてください。
企業や特許事務所のホームページに書いてあることや外向けのアピールを信じ込むのでは、また同じ失敗をしてしまいます。

特許事務所未経験者の場合には「きちんと指導してもらえるか。その指導の質は高いか」を最優先して考えてください。レベルの低い指導しか受けられていない場合、実務経験を積んでも未経験者よりも下の扱いを受ける場合がよくあります。下手に他所の癖がついた実務経験者よりもまっさらな未経験者の方が転職しやすく事務所に馴染みやすいといえます。
特許事務所によっては前職給与保証や弁理士試験費用負担や弁理士試験前有給休暇や家賃負担などの福利厚生を用意しているのでそれも魅力になるかもしれません。ただし、目先の利益に惑わされず、「スキルアップできるか」「良い人間関係を育めるか」を重視してください。

最後に、あなたの選んだ道が何であれ、情熱を失わない限り幸せに生きることが出来ます。

もし、情熱を失いそうだ、明るい未来が見えない、そんな悩みをお持ちの方はぜひご相談ください。

大企業知財部員はやりがいを見失いがちですので、同じ悩みを抱えていた大企業知財部員に相談すると良いでしょう。そんな方をご紹介します。特許事務所へ就職や転職をする前にバイトやインターンとして働きたいという方も、お気軽にどうぞ。