断捨離の普通名称化と対応策

ここ最近、『断捨離』商標についての話題を頻繁に目にします。
今更言うことも無いと思うのですが、意見を求められたので記事にしました。

ただ、ここに書いていることは法解釈の部分を除けば私の意見に過ぎないので、正解というわけでは無いことを予め述べておきたいと思います。

 

私の基本スタンスは「バランスをとること」です。どちらか一方に肩入れし過ぎないようにしているつもりです。

たとえば、大企業が中小企業をイジメているように見える事件でも、中小企業を守らねば!と正義に燃えるわけではなく、法律的に正しければ大企業側に立つというスタンスです。

参考過去記事: 黒七味

どちらかが100%正義なんていうことはありえないので断定はしません。

しかし、「気持ち」は述べます。

 

断捨離と商標問題の前提

テレビ番組「ナカイの窓」が休止に追い込まれました。その理由は、やましたひでこさんによる登録商標「断捨離」を無断で使用していたからと言われています。

また、ミニマリスト系YouTuberのMinimalist Takeruさんもやましたひでこさんから「動画から断捨離という表示を削除せよ」との警告を受けたそうです。

そして、Takeruさんは、「営利目的で「断捨離」の三文字を表示・使用する行為は、「商標権の侵害」及び「不正競争防止法違反」となります。」と述べ、過去にアップロードした該当動画を全て削除されています。

 

この対応は潔いですが、普通の感覚ではもったいないと思ってしまうのではないでしょうか。

実際、この対応はもったいないといえます。
動画の中での使用は商標的使用(商標法26条1項)であるとはいえないので消す必要はないからです。

他のブロガーさんの場合は、「断捨離」を他の言葉に置き換えたそうですが、ブログの題名そのものに使うなどしていなければ、置き換えもしなくてよかったのではないかと思います。

 

登録商標の普通名称化

さて、ここで一旦商標の性質について触れてみたいと思います。

商標というものは、有名になればなるほど価値の出るものです。

しかし、有名になるということは、同時に多くの人に「使用される」ということでもあります。

ここでいう「使用」ですが、既に述べたように、商標登録された用語を「会話の中で使う」「ブログ記事の中で使う」といった使い方は商標的使用ではないので何の問題もありません。

なお、怖いなと思う人は「断捨離」をブログ記事のタイトルや見出しなどに使うときは「断捨離®」(断捨離はやましたひでこさんの登録商標です)とした方が安全でしょう。

 

そもそも、商標というものは「言葉の使用を独占する」ものではありません

これが一般の人が混乱しやすいところだと思います。

 

たとえ「断捨離」という言葉が商標登録されたとしても、その言葉をヴォルデモートの名前のように「あの方」と言い換えなければいけないだとか口に出してはいけないということではないのです。

 

また「断捨離」は、やましたさんが作った造語ではありませんが、それも登録商標の有効性においては関係ありません。やましたさんが他人の商標をパクったわけではないのです。

参考過去記事:キューピーと商標

 

理想の問題解決策

この問題は、商標法の問題というよりも、法解釈を超えた難しさがあるなと思いました。
商標権者としては自分の登録商標を守ろうとするのは当然です。

たとえば、グッチとかiPhoneという商標を守らなければいけないということはお分かりいただけると思います。

ただ、「普段の会話や文章の中で使うことまで禁止してしまう」ことは行き過ぎでしょう。

 

なお、私自身は、過去に商標権者から警告を受けた人に対し、格安で仕事を引き受けてくれる弁護士を紹介したことが何度かありました。

弁護士さん自身が「格安で仕事を引き受けます」なんて言いにくいと思います。
だって、安さに釣られて要求の多いお客さんが近づいてくるから。
それでは通常の業務を圧迫します。

そのため、私が窓口となって相談を受けてきました。

 

しかし、理想としては、特許庁のような公的機関が公式に何かしらの発表をしてくれた方が手間がかからなくていいなと思っています。

たとえば、「商標的使用(商標法26条1項)」に当たらないので「○○」という言葉をブログの記事の中に使ったりyoutube動画のなかで発言することは何ら問題はありませんということを発表してくれたら、鶴の一声という感じで良いのではないかなと思います。

このブログのコメント欄にも度々登場してくれた元弁理士の上田育宏さんが商標の先取り出願をしたことにより世間に種々の不利益を与えたことがありましたが、大分経ってから特許庁が当該事件について「心配しなくていい」旨の見解を発表しました。

これと同じように特許庁が「断捨離を会話やブログ記事の中で使っても何らの違法性はない」ということを周知させてくれれば炎上し過ぎずに済むのかなと思いました。

 

もちろん民間の争いに公的機関が首を突っ込むのもやりにくいでしょう。
しかし、断捨離商標紛争はかなりヒートアップしています。

そのため、特許庁が公式見解を発表するなら、「今でしょ!」と思います。
(ちなみに、この「今でしょ」って一昔前に流行りましたが、別に商標登録されているわけではないのでいくらでも使えます)

 

一度普通名称化した商標の復活

ところで、騒ぐことによってやましたひでこさん=断捨離という図式が出来上がったような気がします。

ということは、「一度普通名称化してしまった商標でも、権利者が努力を続ける限り再度商標として認識され得る」といえます。

ここまで普通名称化してしまった商標は、皆が使えるようにすべきだとも思いますが、「断捨離」を世の中に認知させ、「断捨離」に価値をもたせたのはやましたひでこさんです。

であるならば、彼女のその努力は認めるべきですし、使用している指定商品・サービスについては彼女に独占権を認めても良いのではないかなと思います。

 

幸か不幸かネット上で炎上したおかげで、「断捨離」=やましたひでこさんの登録商標ということが多くの人に認知されたので復活もありえるかも?と思っています。

 

なお、少し似た話として「ボクササイズ」の話題を取り上げたことがあります。
あまりにも頻繁にニュースになっているので一度はニュースを目にしたことがある人もいるでしょう。

「ボクササイズ」の商標権者が無許諾でボクササイズを使用しているスポーツジムや公的機関に警告を送っている件です。

これは、商標権者としては当然の権利ですから第三者がぐちゃぐちゃ言うようなことではないのかもしれません。

 

しかし、ボクササイズはあまりにも有名になりすぎました。完全に普通名称になっています。そして普通名称になってから何年も経過しています。一般の人でボクササイズが登録商標ということを知っている人は少ないでしょう。

そのため、民間でも公的機関でもなんとなく「ボクササイズ」という言葉を使ってしまうことは多いと思います(というか多いです)。
「ヨガ」「筋トレ」という言葉を何気なく使うのと同じ感じでしょう。

そんな風に商標とは思いもしなかった言葉を何気なく使っただけでいきなり警告を受けて名称変更を迫られるというのは警告を受けた側の立場になってみるとかなりしんどいものがあるなという印象です。

もちろんボクササイズ商標権者の気持ちもわかります。
他人の商標を勝手に使うな!と主張できるのは商標権者の正当な権利ですから。

ただ、あまりにも有名になりすぎてしまった。

周知徹底を図るために相当の努力をしているとは思います。

しかし、もはやその努力を続けても遅いのではないかと思うほどにボクササイズは普通の言葉になってしまいました。

そのような商標に権利行使を認めると、競業秩序を乱すのではないかと危惧しています。

だって、警告を受けたらその商標の使用を止めなくてはならないことになり、ということは既に作った看板やチラシやホームページが無駄になってしまいます。
最初から「ボクササイズは登録商標」ということを周知徹底してくれていたら、使わないでおこうと思うでしょう。

 

商標権者の利益と競合他社の利益と需要者の利益。

この3つを天秤にかけて考えてみると結局、一番良いのは、「有名になりすぎた場合は使用を開放する」ことかなあと思います。

すると「お、太っ腹」ということで広告効果がありますよね。

警告を続けているとメディアにも取り上げられ悪いイメージがついてしまいます。

それくらいなら「元祖はうちだということを示してくれれば使用してもいいですよ」というように使用開放したほうが皆が幸せになれるのではないかなと思いました。

 

冒頭のやましたひでこさんの件については、まだ「普通名称化した商標からの復活」の可能性は残っているように見えるので、
「商標的使用さえ止めてくれれば断捨離を使うことは問題ありませんよ」とやんわりと伝え、商標の本来の力を取り戻す努力をすればよいのではないかと思います。

今やましたさんがされている警告はちょっと行き過ぎなので、これでは反感を買ってしまいます。
商標権が保護してくれる範囲を超えてまで権利を主張するとトラブルになるので、「断捨離」という言葉を過度に使用制限するのも良くはないだろうと思います。

警告を受けた方は、怖がって一切の使用を中止するのではなく、大丈夫な範囲で使用をしましょう。

ブログの該当文言を全て置き換えるとか、ユーチューブ動画を全て削除するなんてもったいないですよ。

 

それにしても普通名称化した商標の取扱は本当に難しいですね。

自分が商標権者だったら、「誰も商標が普通名称化するほど有名にしてくれなんて頼んでいないよ!」と絶望しそうです。

こんなことにならないためにも、魅力的な用語の取扱については、予め専門家に相談しておくとよいのかもしれませんね。

 

私が相談を受けた場合は、法律的な側面からではなく、ビジネス的な側面からのアドバイスを差し上げております。

 

そうそう、「商標の後発的普通名称化」については無効審判は請求できません。出来るのは不使用取消審判です。

ただし、実質的に権利を使えなくすることはできます。

たとえば、警告を受けた場合にきちんと法的根拠を述べ「商標的使用ではない」旨の回答書を送付します。

(通常はこの段階で警告者は何も言ってきません。裁判に持ち込まれると困るのは普通名称化した商標の持ち主だからです)

 

そして、皆が同じような対応をします。

すると、実質的には商標権を無効化できそうです。

 

ただし裁判で結果がでない限り使い続けるのは危険ですのでちょっとした博打ではありますね・・・。