*この記事は旧ブログ「問題解決中」の記事と同じです。実際に描かれたのは2年ほど前です。リンクを下さっていた方はこのブログのアドレスに設定し直してくださると助かります。
知財高裁の大合議で延長特許の保護範囲の判断基準が示されました。
判断基準を示す前に、背景について述べてみたいと思います。
抗がん剤の後発医薬品に特許を侵害されたとして、スイスの先発医薬品の企業デビオファーム社が日本の東和薬品に製造・販売の差し止めなどを求めました。
一審では請求棄却。
控訴審でも大合議は特許権侵害を認めず、請求を棄却した1審・東京地裁判決を支持しました。
医薬品は製造販売の承認手続きに時間がかかるため、特許権の存続期間は、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、5年を限度として、延長登録の出願により延長することができます(特許法67条2項)。
存続期間が延長された場合、特許権の効力が及ぶ範囲は狭くなります(特許法68条の2)。
訴訟では延長期間中に保護される範囲が争点になりました。なお、重要な問題であることから通常より2人多い5人の裁判官による「大合議」で審理しました。
では、具体的にどのような場合に延長された特許の効力が及ぶとされたのか判断基準をみてみましょう。
まず、前提として、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は、政令処分で定められた「成分, 分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならずこれ と医薬品として実質同一なものにも及び、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異 なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に すぎないときは,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに 含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する。
とされます。
そして、その「差異」は、技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断します。
①延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加・転換等しているような場合
②対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき一部において異なる成分を付加・転換等しているような場合で、特許発明の内容に照らして両者の間で、その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき
③政令処分で特定された「分量」ないし「用法,用量」に関し,数量的に意味のない程度の差異しかない場合
④政令処分で特定された「分量」は異なるけれども、「用法・用量」も併せてみれば同一であると認められる場合
①~④の場合には、対象製品と政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」の間の差異は僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たり,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれます。
もちろん、延長登録出願の手続において、延長登録された特許権の効力範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がある場合には、特許法68条の2の実質同一が認められることはありません。
均等論や進歩性の判断基準で使われているキーワードだらけなので、弁理士試験受験生には読みやすいと思います。
この判断基準を当該事件に当てはめると、どうなるでしょうか。
結論として、東和薬品の後発薬には、先発薬にはない安定剤を添加物として加えており、デビオ社の抗がん剤とは「実質的な同一物ではない」とされました。
安定剤を添加物として加えることは、当業者にとって容易に想到できないことなのでしょう。
ただし、今回の事件では侵害にならなかったからといって、常に後発医薬品は先発医薬品の特許侵害を構成しないと結論づけることは危険です。
あくまでも、判断基準に照らし、「実質的な同一物ではない」と判断された場合のみ延長特許権の侵害にならないだけです。