地理的表示制度(GI)による伝統の保護と問題解決策【八丁味噌を例に】

近年、日本発祥の農産物が外国へ持ち出され、ブランド名も勝手に商標登録されているという事態が相次いでいます。

 

そこで、特許庁や農林水産省は、日本の農産物のブランド価値を守るために様々な施策を講じています。

それは、たとえば地域団体商標だったり地理的表示(GI)保護制度だったりします。

 

欧州ではテロワール(フランス語で風土を意味する)を意識し、他国に先駆けて、原産地表示を保護する法整備が進みました。

そして、EUは外国から輸入されてくる安価な農産物から地域独自の食文化を守るため、1990年代に域内共通のGI制度を設けました。

特に、フランスではぶどう酒や蒸溜酒を守るために、GI対象産品について科学的な調査を行い、他地域では生産できない独自性があるかを専門機関が審査しています。

フランスがワインやシャンパンを守るために力を入れているのは、日本国商標法4条1項17号などを見てもおわかりいただけるかと思います。

第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(略)
十七 日本国のぶどう酒若しくは蒸留酒の産地のうち特許庁長官が指定するものを表示する標章又は世界貿易機関の加盟国のぶどう酒若しくは蒸留酒の産地を表示する標章のうち当該加盟国において当該産地以外の地域を産地とするぶどう酒若しくは蒸留酒について使用をすることが禁止されているものを有する商標であつて、当該産地以外の地域を産地とするぶどう酒又は蒸留酒について使用をするもの

(なお、地域団体商標や地理的表示保護制度については過去に複数の記事を書きましたので御覧ください。)
参考記事:地理的表示保護制度(GI)とは
[知らないと大損!?] 農作物の知財戦略
知財を活用し農業で儲ける方法
[カー娘のイチゴも元々は日本のもの!?] 日本の農産物を保護する方法
[酒造やワイナリーは要注意!] ボージョレ・ヌボーと壱岐と知財

 

ところが、日本の農産物ブランドを守るはずの地理的表示保護制度(GI)には、大きな欠点が存在します。

 

地理的表示保護制度(GI)の欠点

別の記事でも説明している通り、地理的表示保護制度(GI)は、生産地と結び付いた特性を有する農林水産物等の名称を品質基準とともに登録し、地域共有の知的財産として保護する制度です。

 

ところが、地理的表示は地域との結びつきを重視する制度なのに、今、愛知県では伝統を継承する発祥地が除外されるという不可思議なことが起きています。

 

「八丁味噌」は愛知県味噌溜醤油工業協同組合がGI申請し、登録が認められました。

 

しかし、この愛知県味噌溜醤油工業協同組合の中には、400年の歴史を誇る老舗の2社(カクキュー及びまるや)が入っていません。

八丁味噌といえばここ!というほど有名な老舗2社が入っていないのです。

 

なぜなら、愛知県味噌溜醤油工業協同組合が提示した八丁味噌の条件は緩く(「木桶ではなくタンクで生産可能」「天然醸造で2年以上熟成させるべきところ、夏以上熟成」「おもしは天然の川石に限るところおもしの材質は問わない」「味噌玉の大きさは握りこぶし大であるべきところ、」など)、老舗2社がそれに同意しなかったため老舗の方が省かれた形になってしまったのです。

sponsored link

 

実は、最初にGI申請をしたのは老舗で構成される「八丁味噌協同組合」側だったといいます。

しかし、生産地を岡崎市八帖町に限定した八丁組合に対し、農水省は生産地を愛知県全域に広げるようにと要請してきたのだとか・・・。

 

さらに、上で既に述べたように、生産方法などは非常に甘く、極端な言い方をすると「どこでも作れる」方法が記されているだけでした。

なぜ愛知県でなければならないのか合理的な理由がありません。
八帖町に限定するならばわかります。歴史的に多湿なその風土が味噌作りに適していたのですから。

でも、愛知県なら場所を問わず、工場で普通のタンクを使って大量生産される味噌のどこに「その地域の特性」が現れているのでしょうか・・・。

 

愛知県の組合の作った製品にはGIマークが付けられるのに、老舗2社はGIマークを付けられないというのが現状です。

本来はGIマークの登録には産地に関わる利害関係者の合意形成が必要であるために、老舗が納得しないかぎりGI申請が許可されるわけはないのに登録されてしまったのです。

 

もちろんGI制度はアウトローを排除する仕組みではありませんので、9万円を払って追加申請すれば老舗2社にも登録は認められます。

 

しかし、それでは老舗側がこだわっている「伝統」を引き継いだ味噌と、愛知県の他の地域の工場で大量生産された味噌が同じ表示をされて販売されることになります。

これでは、名前だけ同じで品質が異なる別の味噌を販売することになってしまいます。

 

ということは、結果として、「八丁味噌」のブランドの毀損が起きます。

 

農林水産省の言い分も理解できます。
品質や条件をあまりにも厳しくしすぎると同じ地域の競合他社が入れなくなってしまったり、実質的に生産が不可能になってしまうからです。

 

たとえば、うどんで地理的表示保護制度を利用しようと考えたとき、条件として「その地域で採れた小麦粉を原料として使ったものに限る」とした場合、100年前ならそれも可能だったでしょうが、現代では国産小麦の価格が高騰しすぎていて、輸入小麦粉を使った商品に価格面で対抗出来ませんから。

 

しかし、条件をゆるくしすぎると、上述のようにブランド価値の低下が起きるわけですから、甘すぎる条件もまた害があります。

 

老舗2社を含む八丁味噌協同組合は「地理的表示保護制度により登録された「八丁味噌」に関する消費者庁への請願申請について」と題する嘆願書を申請しています。

 

この請願が認められ、老舗側の基準を満たした八丁味噌だけがGI表示をできるようになればよいのですが・・・。

地理的表示が守る伝統とブランドと問題解決策

地理的表示制度が守るものも、商標と同じでブランドです。

そして、そこには「歴史的伝統」が重い要件として課されるわけですから、通常の商品のブランドよりも、真剣に考えなくてはいけません。

 

個人的には、八丁味噌のGI登録は一旦取り消して、老舗二社の登録を認めるべきだろうと思います。

そして、歴史がまだ浅い愛知の八丁味噌については、別のブランド名を付して安価で入手しやすい味噌としてブランディングを図れば良いのではないでしょうか。

昔ながらの八丁味噌は美味しいのですが値段が高いために買いたくない人も存在します。

そう考えると、安価な味噌もまた需要はあるのですから、上手く共存できるはずです。

 

一旦認定した地理的表示の取消を不名誉と考えるのではなく、伝統的な八丁味噌を守りつつ工場で大量生産される味噌の商業的成功を商標法で保護していけばいいと考えれば良いのではないでしょうか。

 
なお、先使用権が老舗側に認められるから大丈夫という考えもできるかもしれませんが、この先使用権は地理的表示法の改正後に期間が限定されることになってしまったので注意が必要です。
個人的には、やはり一度認定を取り消してほしいと思います。